off the gridという英語の慣用句を知っていますか。以前An Inconvenient Truthの記事で紹介したことのあるレッシグのブログを見ていたら、
http://www.lessig.org/blog/
「Off the grid」というタイトルのエントリーがあり、ちょっとひっかかりました。
Since my kid was born, we’ve tried to have a month alone off the grid. That starts this year in 6 hours. I have not asked anyone to guest blog while I’m gone, so this space will be quiet. (…)
冒頭のセンテンスにoff the gridが「子供が生まれてから、一ヶ月だけoff the gridするようにしたんだ」のように登場します。off the gridは比較的新しい表現らしく手元にある英和中辞典にもオンラインの英和辞書にも載ってはいませんが、基本語義的には「格子、網、碁盤の目」(the grid)「から離れる」(off)」ですから、そのグリッドのニュアンスがつかめれば慣用句全体の意味は分かるはずです。そこで、Googleで"off the grid"の用法をウェブページ全体から検索してみたところ、約118万件(!)ヒットしました。ランキング上位数百をスキャンする(ざっと眺める)と、目に留まるのはlive off the grid、go off the grid、be off the grid、off the grid livingなどで、まとめると<便利だけどストレスの溜まる都会生活を離れて不便だけど気持ちがリフレッシュする自然の豊かな場所で休暇を過ごす>という文脈で使われています。おそらく都会生活を支える文明の力としての電気、ガス、水道、電話、交通機関などが都会に張り巡らされている格子、網のようにイメージされてgridが使われるようになったのでしょう。そして、その文脈の延長上に「エコロジー」があるようで、ヒットしたWikipediaのoff the gridの項目では再生可能エネルギー源(太陽光、風、流水等)をベースに据えた生活を構築するためのエコロジカルな方法(method)として紹介されています。
http://en.wikipedia.org/wiki/Off_the_grid
しかし、ピタッと来る日本語の単語はないようで、同じくGoogleでヒットした日本語の本『エコハウスブック』紹介のページに掲載されているその本の「目次」では太陽光エネルギーに関する第6章の中の「小見出し」としてOff the gridがそのまま使われています。
ところで、最初に引用したオリジナルのレッシグ・ブログの抜粋日本語訳版レッシグ・ブログ(CNET Japan)を見ると、
http://blog.japan.cnet.com/lessig/archives/002974.html
オリジナルタイトル「Off the grid」が「ネットから離れて」と訳され、冒頭の一文は「子どもが生まれてから、わたしたち一家はインターネットから離れた休暇をひと月は取るよう努力している」と訳されています。うーん。確かにその記事の文脈からはgridはインターネットと訳しても間違いではないでしょうが、gridはインターネットだけでなく、インターネットも含めた都会のインフラすべてを内包していて、そこから一時的に身を引き離す、逃れるというイメージが真相に近いのではないかと思います。
また、Googleでヒットした英語好きの人たちが英語の面白い用例を報告し合うらしいブログ「Okayama 道 English Club」の中に、もっと一般的な説明がありました。
http://odec.blog.shinobi.jp/Category/2/
2. "I live off the grid."
格子状、碁盤の目状になっている物の事を"grid"と言います。例えば、魚を焼くための網なんかも"grid"。このgridから外れる、とはどういう事でしょう?答えは、"not to live like someone else"つまり「人とは違った生き方をする」という意味です。整然と並んだマス目から飛び出してみたくなるような気持ちなんでしょうね?。
たしかに、そういうニュアンスも生まれるでしょうが、「人とは違った」では、レッシグの用例やエコロジカルな用例にも当てはまるような訳語には結びつきませんよね。
結局のところ、英語ではgridの一語で以上のすべての文脈を照らすことができるのに、日本語ではそれらの文脈を同時に照らすことができるような一語は事実上存在しないということなのでしょうか。それとも…。もしそんな一語を知っている人がいたら是非コメントを。
(蛇足)全受講生の皆さん、インターネットに関して漠然と「便利」だとか「危険」だとかしか言えないようでは、インターネットの「いろは」さえ知らないことを告白していることになりますから、少なくとも「便利」の具体的な中身がどれほどのものなのか実体験を積むこと、そして「危険」とは誰にとってどんな場合にどういうふうに危険なのか認識することが重要です。例えば、グーグルの「検索エンジン」ひとつとってみても、その「凄さ」を体験知として語れるように。上で私が試みた調べものにかかった時間は数十分ですが、グーグルの検索エンジンやWikipediaがなかった頃に同じ程度の情報を得るには、何時間、下手すると何日かかったことか。これだけでも、検索エンジンの凄さの一端が分かると思います。「検索search」という単純そうに見える行為こそが実はインターネットという未曾有のメディアの全体像を把握するためのひとつの重要な鍵になる複雑で深い行為なのです。