「分身」

インターネットが「分身」の概念をリアルにした、と言えば何重にも奇異に響くかもしれませんが、それは本当です。すでに一年前に出版された金田善裕著「ネット副業の達人」の書評ですでに梅田さんは次のように書いていました。
ネット副業の達人 20人の成功例から学ぶ確実に稼ぐコツ! (ヤフーインターネットガイドの本)

私がいま最も注目している「次の十年」の大変化の「芽」は、「インターネット上にできた経済圏に依存して生計を立てる生き方」である。インターネット上に自分の分身(ウェブサイト)を作ると、リアルな自分が働き、遊び、眠る間も、その分身がネット上で稼いでくれるようになる世界。/「夫婦共働き(ダブル・インカム)」に代わって、「リアルで共働きは当たり前、それに加えて夫婦それぞれの分身がネット上で稼ぐクアドラプル(四カ所からの)インカムで、家計のポートフォリオを組む」時代がやってくるのではないか。/本書は「インターネットを使った副業で本当に稼いだ20人の記録」である。「副業」という言葉からもわかるように、現代の常識はこの20人を傍流としてしか見ない。日本で最も先端的な生き方をしているにもかかわらずだ。益子焼和食器、ミャンマーの天然石、手作りの「犬服」を売るビジネスは、ネット販売と言うよりもプロデューサーと呼ぶべき性格の仕事だ。複雑化した現代社会を生き抜く知恵を集めた「裏技」、金持ちになるための情報、商品を動かすことなくこうした「情報そのもの」をビジネスにする人たち・・・。/20人に共通するのは、好奇心旺盛で、常識に支配されずに自分の頭でモノを考え、行動力に溢れ、ネット上での開かれた対人能力を試行錯誤の中から身につけていることだ。/検索エンジンや広告配信インフラの登場によって、リアル社会では結びつく可能性すらなかった個と個の間の微細な需給関係までをもきめ細かくマッチングできるようになった。それらが、小口決済インフラ、日本中に行き渡ったリサイクル・ショップや宅配便等のリアルなインフラとも結びつき、経済圏としての可能性は大きく広がった。たとえば「犬服」ビジネスでは個人が縫製工場へ企画を持ち込む事例が出てくるが、昔なら工場を作らなければ持てなかったような機能も、企業から簡単にアウトソースできる。こうした一連の変化によって、個人が不特定多数無限大の人々とつながるコストは限りなく小さくなり、元手(資本)がほんのわずかでも、何かを始めることができるようになったのだ。/個人にある種の才覚とネット上での行動力さえあれば、リアル社会に依存せずとも、ネット上に生まれた十分大きな経済圏を泳ぐことで生きていける。本書が紹介する20人の先駆者たちが証明しているのは、そういうことだ。「ニート」だ「引きこもり」だと親が心配して騒いでいる間に、実は息子や娘たちがインターネット経済圏で両親の倍も三倍も稼いでいたなんて事例は、「次の十年」を待たずして続々と報告されることだろう。(/は改行の代わりです)

http://www.mochioumeda.com/archive/president/050815.html
そしてさらに、「副業」という現実的な文脈を外しても、ウェブサイトがインターネット上の自分の「分身」であるという主張はブログの登場と普及によってリアルになったと言えます。しかしこれを実感できる人は自分でウェブサイトやブログをやっている人(「ネットの世界に住む人」)だけで、時々便利な道具として使うだけの人(「ネットの世界に住まない人」)にはそんな主張はチンプンカンプンです。つまり、「ネットの世界に住む人」と「ネットの世界に住まない人」の間の溝はますます深くなっているのです(『ウェブ進化論』p.023)。しかも「ネットの世界に住む/住まない」の違いは「分身感覚のある/なし」ではかられます。そしてその「分身感覚」は連続したコンテンツの書き手としての存在感によると梅田さんは非常に実感の籠った発言をしています。

”匿名掲示板”とは違って、ブログは書き手の内容に連続性がありますから、別名でもその人の存在感はネット社会で担保されます。バーチャルワールドでもう一人の自分が生きているようなものです。僕の場合は本名で書いていますが、僕のブログは僕の分身でもあるんです。

梅田望夫「グーグルを倒すのは’75世代だ」『文藝春秋』8月号 p.304)
サイトやブログは文字通り「分身」、「分かれた身」です。そしてその「身」に「スピリット」(霊、命)を吹き込むのはあくまでリアルな私です。しかし、そうやって動き出したブログはインターネット上で正しく「もう一人の自分」として存在しはじめるのです。また、そういうことを実現可能にしたのがインターネットなのです。これはサイコ的文脈における「分身」のイメージを消費する時代が終わり、「分身」をあくまでリアルなコンセプトとして活用すべき時代へとシフトしたこと、そして実際に活用できる環境を私たちは手に入れたということを意味しています。