Thomas Baekdalの個人的価値観

最近注目しているサイトのひとつに、「Backdal.com - The Goal is Pretty Simple」がある。デンマークVejle(何て、発音するの?)に住む32歳のトーマス・バクダール(Thomas Baekdal)の個人サイトだ。なかなか面白そうな「2.0的」プロジェクトをはじめとするユニークなコンテンツを含めてサイトの構築全体から受ける今まで経験したことのない印象に惹き付けられ、何度か訪ねるうちに、ネットの「現在」を熟知した上で、その「先」でもあり、その「根源」でもあると言えるような、私にとっては未知の場所から世界を見ている「眼」を感じるようになった。

よくある無味乾燥な「履歴CV」ではなく、表情豊かな「伝記Biography」と名付けられたページには彼の公私にわたる興味深い過去、現在、そして未来までもが非常にオープンな姿勢で書かれている。しかも、自分自身を徹底的に客観視し、Thomas Baekdalという名の人格と実存を際立たせている。彼はそれを自分自身を「characterize」することと表現しているが、それは日本の内輪的で緩い「キャラ」とはスケールの大きさも深さも異なる。茂木さん流に言えば、開放的で自己批評性に溢れたメタ認知である。バクダールは自分自身を最も深いところで、「いつも世界を畏怖の相(in that's great/awful)で見ている人間」とキャラクタライズしている。素晴らしすぎる!「はてな」の社長、近藤淳也さんを連想する。

現在はスカンジナビア最大の衣服メーカーである「b.young」でプロジェクト・マネージャー、インターネット・コーディネーター(こんな肩書き、あったんだ。)として働き、インターネットの可能性を最大限引き出すことによって、マーケティングの単なる延長ではない、有効なビジネス戦略につながるようなアイデアを発見することを楽しんでいるという。仕事を離れたときには、セーリングしたり、ローラーブレードで気違いのように走ったり、膨大な量の読書をしたりするらしい。自然の中に入って行って写真を撮るのも好きらしい。ただし、写真の公開に関しては、さすがプロフェッショナルで、フォトのページに質の高い職人仕事のような、人間の視知覚メカニズムの探究と安易な動画に対する批評性すら感じさせる3本のスライドショーとしてしかアップしていない。徹底している。

さて、私が最も、しかも二重に、驚いたのは、バクダールは「個人的な価値観」を明確に認識した上で、それらを堂々と公表してさえいることだった。
「Values - Baeckdal.com」http://www.baekdal.com/about/values/
非常に興味深いものなので、訳出してみた。

価値観
トーマス・バクダール 2004年5月9日

個人的な価値観は、大切なことに注意を集中しつづけるためになくてはならないものだ。個人的な価値観を持つことは、正しい判断を下すのを助けてくれる個人的なガイドを雇っているようなものである。
私の人生は以下の価値観に基づいている(この順序で)。


  • 幸福Happiness

    幸せであることは、良き人生の最も根本的な要素のひとつである。幸福は春と陽光の結びつきのようなものだ。幸福は精神とは何か、生きる力とは何か、そして世界をどう見ればよいかを教えてくれる。

  • バランスBalance

    他のすべてのことを忘れてひとつのことに夢中になるのは簡単なことだ。しかし、それは相当な犠牲、つまりアンバランスを伴う。短期的にはそれは問題にはならないかもしれない。が、しばらくすれば、きっと健康、友人、家族に問題が生じる。だから、私はよいバランスを維持すること自体にかなりの集中力を注ぐことにしている。これは私にとって大切なものたちへの集中である。

  • 共感Compassion

    私がつねにそうであるように、他の皆も幸福でバランスよくありたいと思っている。私にとって共感は他の人々を気持ちよくさせるためにもとても有効なツールである。

  • 意欲Proactive

    意欲的であるとは、限られた時間のなかで、エネルギーの出し方と集中力の発揮の仕方の両方において、可能なかぎりベストの状態であることを意味する。

  • 夢を追うVisionary

    思い出せるかぎり、私は人間がまだ成し遂げられないでいることに魅了されつづけてきた。私は不可能や限界を信じない。火星のビーチハウスから日の出を眺めることができる日を夢見ている。

  • クオリティQuality

    仕事を引き受ける以上、真っ当にやり遂げる必要がある。私はクオリティを欠いたモノが好きではない。

これはバクダールが2年前、30歳のときにすでに確立していた価値観である。この価値観リストを陳腐だと思われる向きもあるかもしれない。しかし、それらはたんなる知識の項目ではなく、あくまで日々頭と体を使って実践する項目であるところに重要な意味がある。そして、バクダールはそれらをひとつのトータルな世界観=人生観としてのビジョンにまでつなげているのだ。そのビジョンとは「よりよい未来を創造する手助けがしたい」という一見とても単純な目標である。サイトの名前の副題にも「The Goal is Pretty Simple」とある。だが、それは、「よりよい未来を創造する」にではなく、「(その)手助けがしたい」にアクセント、ウェイトが置かれている、と私は強く感じる。なぜなら、独りで「よりよい未来を創造する」ことなんてできないからだ。ひとりひとりにできることは限られている。でもひとりひとりが「こうやれば」、結果として「よりよい未来を創造する」ことにつながるはずだ。その「こうやれば」の中身をバクダールは個人的価値観で示したのである。そしてそれはもちろん他の価値観を排除するものではない。彼はあくまで「個人的」を強調することを忘れない。閉じたら、終わり。「開かれ」つづけながら、「クオリティ」を伴った仕事を追求すること。このような思想の力を私はバクダールの「眼」として感じたのだと思う。
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このような個人的な価値観の自覚と公表は、個人が生活や仕事のクオリティを引き上げるためにも有効な方法だと思う。それは日本やアメリカにはあまり見られないもので、ヨーロッパ、とくに北欧に特徴的な傾向なのだろうか。いずれにせよ、インターネット文化というものを想定したときにも、あくまで個人の生き方を組織、ビジネス、技術の「上」にしっかりと位置づけることは根本的に正しい気がするし、気持ちがよい。このような思想が「ウェブ進化」の中でどこまで通用するのか、それは私にとって一番興味のある点である。幸福を軸にテクノロジーと幸福の関係をちゃんと考えることが、今後ますます重要になっていくと思う。

ところで、個人的な価値観を自覚するということは、自分を含めた世界全体を俯瞰して、将来にわたって自他共に気持ちのよい状態を維持するために、自分の仕事や生活を深いところから律する<法>を明確にするということである。30歳のころの私はバクダールのように個人的な価値観を自覚していなかった。ましてや、個人的な価値観を公表してある意味で自分を追い込んで、自他共に未知に抜ける、というような思想、方法論は30歳のころの私には思いも寄らないものだった。

現在の私は個人的な価値観を六項目(何項目でもいいのだが、とりあえず)にわたって簡潔な説明付きで公表することができるだろうか、と自問した。バクダールより一回り以上齢を重ねているのに、かなり心もとない。情けない。そこで、バクダールの六つの価値観を目安にして自己診断してみた。その結果は、優先順位下位のProactive、Visionary、Qualityの三つはクリアできそうだが、肝心の上位のHapiness、Balance、Compassionの三つがかなり弱いことが分かった。(この三つの価値観は、実はその人間の格と器を測る目安にもなるような気がする。その点では私はやっぱりかなりヤバイ!)Qualityについても要注意で、質の高さは心がけてはいるが、勢いに逸り、その結果雑になる傾向がある。気をつけよう。ちなみに家人に試してもらったら、Hapiness、Balance、Compassion、Qualityはクリア、ProactiveとVisionaryにやや欠けるという自己診断だった。くやしいが当たっている。私より格と器は上だ……。
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梅田さんが「ウェブの大変化」に対応する原則として提示した七項目(1アナロジー(類推)で考えてはいけない。2「ムーアの法則」を信じ「おっちょこちょい」であれ。3 Only the Paranoid Survive(極度な心配性だけが生き残る)。4「時間の使い方の優先順位」を変えないと何も変わらない。5新しい現象に対し「古い感覚を総動員した理論武装」で戦うな。6若い人に教わることを忌避するな。7Never Too Late(決して遅すぎることはない))とともに、バクダールの個人的価値観六項目は、今後しばらく私の座右の銘になりそうだ。