煙草は恋人の足取りを月まで捜すBenn Northover with Oscar Wilde:365Films by Jonas Mekas

ジョナス・メカスによる365日映画、5月、132日目。


Day 132: Jonas Mekas
Saturday May 12th, 2007
7 min. 20 sec.

I am trying to
learn to smoke --
Benn dreams
about Nora Jones
and reveals he's
related to Oscar
Wilde

私は煙草の吸い方
を覚えようとしている。
ベン(Benn Northover, 1980-)ノラ・ジョーンズ(Nora Jones, 1979-)のことを
夢見がちに語り、そして自分が
オスカー・ワイルド(Oscar Wilde, 1854-1900)の遠い
親戚であることを明かす

「とっても簡単だ」と言いながら、カメラに向かって不器用に煙草をふかしてみせるメカス。煙は吸い込まず、すぐに吐き出しているので、「吸う」ではなく「ふかす」。彼が煙草をふかしている姿を見たことがない。詳しいことは分からないが、80歳を過ぎて、生まれてはじめて煙草をふかしてみた、という状況設定のようだ。「ジョナスは映画俳優みたいに煙草をふかしている」とベン。「そう、ボガート(Humphrey Bogart, 1899-1957)だ。いや、だめだ。」とメカス。「カット!」とベン。「今夜はいかがお過ごしかな?」とカメラに向かって尋ねるメカス。「ジョナスはベニスで買った美しい灰皿を持っているんだ」とベン。「それ、とってくれ」とメカス。左手に持った灰皿に右手の親指と人差し指で挟んだ煙草の灰を中指でトントンと軽く叩いて落とす。「いくらか進歩したぞ」とメカス。素性不明のあご髭の青年が同席していて、フランスの煙草だよといって、ゴロワーズ(Gauloise)をメカスに手渡す。初めて見たかのように、「ゴロワーズ」とくり返すメカス。

煙草をふかし続けながら、誰かの真似をしている風のメカス。すると「ジャック・プレベール(Jacques Prevert, 1900-1977)だ。いや違うかな」とベン。「ノー、ノー」と言って少し間を空けてから、上を向いて「オスカー・ワイルドだ」とメカス。「僕の親戚だ。母親方の。」とベン。メカスはカメラをベンに向ける。「オスカー・ワイルドと親戚だって?」とメカス。「うん。母方のね。」とベン。「分かるよ。」とメカス。鼻がそっくりだろう、と鼻筋をなぞってみせるベン。メカスに促されて、オスカー・ワイルドとはどんな血筋なのか説明するベン。ワイルドの妹の子孫がベンの母親らしい。

ここで数年前映像が挟まれる。ロンドンのアデレイド通りにあるマギー・ハンブリング(Maggi Hambling, 1945-)制作のオスカー・ワイルドのブロンズ像(A Conversation with Oscar Wilde, 1998)。ワイルドの碑文「我々は皆どん底にいるが、中には星を眺めている者もいる。」も写る。彫像と顔を横に並べて、「母方の親戚なんだ。同じ形の鼻だろ?」と戯けるベン。*1

髭の青年が煙草にまつわる思い出話をしている間もメカスはカメラに向かって煙草の煙を吹きかけたりして戯れている。髭の青年に向かって「いつもだれか煙草を教える人がいるもんなんだ」とベン。その言葉に敏感に反応するように、「たいてい女性だよ」と意味ありげにメカス。そして「多分、私は今も乳飲み子みたいなもんさ」とさらに意味ありげにメカスは続ける。ベンと髭の青年は大受けしている。「気づいていたよ、ジョナス。」とベン。

ベンは煙草を自分で巻いて吸う多分フランス人の女性の美しい様子を見た経験を語る。「ノラみたいだな」とメカス。するとベンはため息まじりに「そう。ノラ・ジョーンズ。彼女は二週間前にアンソロジーにいたんだ。上映会のために。でも僕はそこにはいなかった。」と嘆いて言う。「どうしようもないな。運が悪い時もあるさ。」とメカスはカメラを覗き込みながら言う。「何だよそれ」とベン。

こんなある女流詩人のフレーズがあるんだと言ってベンは紹介する。

A cigarette traces the lover to the stars.
煙草は恋人の足取りを月まで捜す。

試みに、The Quotations Pageで"cigarette"を検索してみたら、8件ヒットしたなかに、上の言葉はなかったが、オスカー・ワイルドの言葉があった。

A cigarette is the perfect type of a perfect pleasure. It is exquisite, and it leaves one unsatisfied. What more can one want?
煙草は完璧な快楽の完璧な手本なんだ。絶妙なことに、完全には満たされないままだ。でも、それ以上を欲してはいけないんだ。
The Picture of Dorian Gray(ドリアン・グレイの肖像)

The Picture of Dorian Gray (Norton Critical Editions)

The Picture of Dorian Gray (Norton Critical Editions)

ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)

ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)

ちなみに、青空文庫では、オスカー・ワイルド作品の日本語訳のうち『幸福の王子』、『わがままな大男』が読める。『サロメ』と『ドリアン・グレイの肖像』は「作業中」である。

*1:1998年11月30日の除幕式のBBC記事http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/224541.stmで、ハンブリング女史は語っている。 "The idea is that he is rising, talking, laughing, smoking from this sarcophagus and the passer by, should he or she choose to, can sit on the sarcophagus and have a conversation with him. It is actually completed when a member of the public, a passerby, choses to sit down and have a chat with him."(彼が石棺から起き上がり、話し、笑い、煙草を吸っているところに、通りかかった人が、石棺に腰をおろして、彼と会話する、というアイデアなんです。一般の人、通行人が、腰をおろして彼とおしゃべりでみしたいと思ったときに、実は完成されるんです。)インスタレーションの要素を持つわけだ。