"the world is inside of nothing" @Hôtel La Louisiane:365Films by Jonas Mekas

ジョナス・メカスによる365日映画、6月、178日目。


Day 178: Jonas Mekas
Wednesday June 27th, 2007
9 min. 03 sec.

In Paris, at Bar
du Marche
, I meet
some of my old
good friends --

パリの
バー・ドゥ・マルシェで、
古き良き友に会う…

風に揺れるラベンダー。

***

飲みさしのビールが入った中ジョッキ。テーブルの表面が若い男の顔と天井の照明を映している。テーブルだと思ったら、カウンターだった。メカスと見知らぬ男女のカップルはカウンターの前に立っている。メカスと女性はビールを、男性は小ぶりのカップでおそらくエスプレッソを飲んでいる。ここは私のバーなんだよ、とメカス。わかるわ、とその女性。店内は明るい。窓からも、開け放たれた扉からも朝のような光がふんだんに入っている。店内には軽快なジャズが流れ、他の客の話し声、グラスや食器がかち合うおとが心地よく響いている。メカスと女性はビールをおかわりする。アレー、チン、チン、と乾杯する。

メカスは窓の外にカメラを向け、通りの反対側の建物をズーミングする。見覚えがある。すると、突然、ベン、何してる?と外に向かって声を上げる。驚いた女性は、イレラ(彼あそこにいるの)?と訊く。ノー、ノーと優しく笑うメカス。男性はメカスの突飛な行動の脈絡を察知していた様子。女性もすぐに合点したようで、ベンね、としみじみと言う。

ベンとは、3月3日に登場したベン・ヴォーチェBen Vautier, 1935-)その人。メカスがズーミングしたまさにその建物の四階の窓に姿を現わしたのだった。

女性との会話で、メカスは明後日ニューヨークに帰ると語る。

***

ポンピドゥー・センター(Centre Pompidou)の前を通り過ぎるメカス一行。見知らぬ人ばかり。若い男女、中年の男女。中年女性が携帯電話で誰かを誘い出そうとしている。その携帯がメカスの手に渡る。相手はジャッキーという名。明日の夜飲もう、とか、俺はホテル・ルイジアナに泊まっているから、…、とか言っている。

ホテル・ルイジアナ(Hôtel La Louisiane)はサンジェルマン・デ・プレ(St-Germain-des-Prés)の安宿。ベルトラン・タヴェルニュ(Bertrand Tavernier)監督の映画『ラウンド・ミッドナイトROUND MIDNIGHT』(1986)でデクスター・ゴードン(Dexter Gordon)演じるアルコール依存症のサックス奏者デイル・ターナーがヨレヨレの姿で投宿していたのがこのホテル。好きな映画だった。デイル・ターナーの哲学的な科白をメモした記憶がある。「世界」について、「魚」を引き合いに出して、形而上学的なことを言っていた。調べてみたら、ここにあった。

It's funny how the world is inside of nothing. I mean you have your heart and soul inside of you. Babies are inside of their mothers. Fish are out there... in the water. But the world... is inside of nothing. I don't know if I like this or not, but you'd better write it down.

世界は無のなかにある。つまり世界に外側はない。ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』に通じる命題。

***

ホテル・ルイジアナの縦長の窓から外にカメラを向けるメカス。雨の音、そして雷鳴が轟いた。室内のベッドの上には、帽子と上着とバッグがきちんと置かれている。チェックアウトする直前のようだ。机の上にワインのボトルが二本。雨脚は強い。メカスは窓を閉める。

***

上のスチール写真に写る中年男性はメカスの「古き良き友」の一人のようだが、素性不明。