日本語ブログで言語の壁は超えられるか

海外からアクセスしてくれる人の中には、エントリーを丸ごと「Google 翻訳」にかけて読もうとしてくれる人がいる。このエントリーが投じられる前に今日そうしてくれた人が「日本語から英語へ」を利用して目にした「英訳」はこんな結果である。
Translated version of http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20071110

機械翻訳そのものに関する議論はさておき、笑っちゃうような発見があって面白かった。なんと「三上のブログ」というタイトルが"Three on the blog"という「使えそうな」タイトルに「英訳」されていたからである。それを見た時、一瞬訳が分からなかったが、次の瞬間には「三上="Three on"か、確かに」と妙に納得してしまったのだった。

私は半ば「実験的」に英語による検索に引っかかるような書き方をしてきたところがあるのだが、上の「翻訳結果」を見れば分かるように、よほど翻訳そのものに深い関心のある人でなければ、「読む」気力は消え失せるであろうと思わざるをえないのではあるが、それは半分は、まだまだ私が日本語環境に甘えた日本語の書き方をしているせいであって、もっと「普遍的な」、つまり機械翻訳にかけても「そこそこ」読めるような英語に置き換えられるような日本語を書けていないせいであると考えている。その意味では、日本語ブログのままだって、機械翻訳の力を借りて「言語の壁」を超えることは決して不可能ではないと私は思っている。甘いか。

(コメント欄でのCUSCUSさんとの「無限」をめぐるやりとり部分。CUSCUSさんの方が「普遍的な」日本語を書いていることが分かる。)
蛇足ながら、忘れてしまわないように書いておこう。私はそもそも「三上のブログ」という非常にダサいタイトルをある傲慢な意思を籠めて敢えてつけたのだが、それは「ブログの三上」では決してないということだった。つまり、ブログというシステムに取り込まれないぞという意思表明だった。「ブログの三上」では、ブログの存在を前提にして、その中、その上で「三上」が踊ることになる。それだけは避けたい。あくまで「三上」の中で、「三上」の上でブログが踊る、そんな傲慢なスタンスを忘れないようにしたい。そんなことをぼんやりと考えて「三上のブログ」にしたのだった。"Three on the blog"を見て、大笑いしたお陰で、そのことを思い出した次第。現在はそれほど傲慢ではない。それにしても、"Three on the blog"は意味不明でなかなかイイかもとちょっと思っている。タイトル変えようかな。(このエントリーはかなり日本語環境に甘えた書き方に終始してしまった。早くも反省。)