A君の「立ち位置」

早々と4月末には就職第一希望の会社の内定をもらって、ゴールデン・ウィークには早速研修を始めた四年生のA君にとっては、実はそこからが本格的な紆余曲折の就職活動の開始になった。研修中に彼はある理由からその会社を辞める決断をして、180度転回したある方向へ進み始めた。そして9月にはその新たな道の展望が見え始めていた。ところが、10月には再びある決定的な体験をして、90度方向転換した。そして今、彼はその第三の方向を邁進している。その間A君とは例によって彼の「一週間の成果」報告に私が様々な角度から質問し、彼が答える、答えられなかったら、その原因を二人で追求するということを繰り返してきた。私はまるでA君と同じ22歳の学生になった心境だった。毎回研究室のホワイトボードは真っ黒、真っ赤、真っ青になった。

そんな彼が先週、私の質問に答えながら、今までにない、色んなものが吹っ切れたような爽やかな表情で、自分の「立ち位置」が分かったので、行った場所で力を発揮できると思います、と断言した。おー、そうか。お前の口から「立ち位置」という言葉が出るとは予想もしなかったよ、嬉しいよ、と私は即座に反応していた。

この半年間、A君と話し合ってきたことは、要するに、彼が既存の言葉で語る好きなこと、やりたいことの「本質」に彼自身の言葉で迫る、近づくということだった。例えば、〜になりたいという願望や〜が好きという嗜好は全く本質的ではなかったことに彼は気づいたのだった。彼がやりたいことは〜に関係する仕事である必要はなかった。また〜という肩書きも本質的ではなかった。

A君は自分がやりたいこと、これなら自分が力を発揮できることを、業界や職種や肩書きといった既存の分類の言葉ではなく、自分の言葉で語れるようになった。ということは、自分の力で本当に探せるようになったことを意味する。しかも、将来の展望を自分の「立ち位置」という観点からかなり見通せるようになった。普段は控え目で、どちらかと言えばやや自信なさ気に言葉を選び選び慎重に話すA君の口から、力の籠った「立ち位置」という言葉が聞けて、よかった。

つまり、A君は、どんな状況になっても、うまく自分を動かせるような、ひとつの「自分モデル」をつかんだわけである。