文字ってそもそも人間が生きてあることの最も深い感情が身体の多様な動きとなって顕われる、その軌跡の断片形のようなものではないだろうか。だから、実は文字は手書きが一番というのにも一理ある。翻って、画家が絵筆の先から繰り出す形を一種の暗号のような極度にプライベートな文字とみなすこともできるのではないか。
上がOptima、下はXtra Sans。
以前触れたOptima(オプティマ)がローマン体との「対話」を介してカリグラフィーの記憶を深く宿しているとすれば、
現在北京(Beijing)に住むフィンランド人のデザイナー、ヤルノ・ルッカリラ(Jarno Lukkarila, 1978-)が設計したXtra Sans(2006) は、カリグラフィーとの直接的な対話の結果であると言えるだろう。Xtra Sansではモダンなサンセリフ書体に手書きの運動の軌跡が巧みに組み入れられ、再現されている。
ルッカリラはXtra Sans設計の動機についてこう語っている。
20世紀初頭のヨーロッパでできたサンセリフ書体に興味があります。それらの多くはとてもエレガントに簡略化されることで、強い印象を持ったデザインになっています。また、中世(特にゴシックの)ヨーロッパの手書きの書体が持つ細かいけれど厳格な風貌にもとても惹かれます。グラフィックとしてはその2つは全然違った方向なのですが、どこかで共通の視覚的価値があるのではと思いました。私は自分のデザインの中で、これらを上手く統合しようと試みました。
(中略)
通常の「o」の形状との違いが、書体に大きく新しいエネルギーを与えていると思います。また他の全ての文字にも同じアイデアを入れています。この書体全体を通して、手書きの書体独特の角ばりを見つけることができると思います。
Xtra Sansに籠められた書体の歴史はルッカリラの公式サイトに詳しい。
Jarno Lukkarila Type Foundry: http://www.jarnolukkarila.com/
公式サイトのなかでルッカリラはXtra Sansの範疇を「ネオ・ゴシック」と呼んでいる。
そこでルッカリラは上と同じ内容のことをもう少し立ち入って書いている。ポイントを強調して意訳する。
Xtra Sansの特徴はモダン・グロテクスと伝統的なカリグラフィーの結びつきにある。直立しまとまりのある外形は Nobel、Kabel、Erbarのような二十世紀のグロテスクと同様にしっかりとした印象を生み出す一方で、それとは対照的に、動的な内形は手書き文字を強く喚起するため、流れるような印象をもたらす。
そうか。文字の形態に外形と内形の区別の認識を明確に持ち来んで、その内側にカリグラフィーをいわば宿らせたわけだ。
なお、「サンセリフ(sans serif typefaces)」の別称としての「ゴシック(Gothic)」、「グロテスク(Grotesque, grotesk)」についてはこちらを参照のこと。
ところで、公式サイトの下のページからは、ルッカリラのタイポグラフィーの歴史への深い理解と洞察が窺える。
そのなかで特に興味深いのはラテン書体における「カリグラフィー影響論」とでもいうべき洞察である。
ルッカリラは「見やすい書体」は結局は二つの範疇に分類されると説いている。すなわち、先端が太いペンを用いて書いたた場合の形態に基づいた書体と先端が細いペンを用いた場合の形態に基づいた書体の二つである。その違いは中心軸の傾きによる線の強調の違いと線の太さの変化の違いを生む。特に前者は、動きの自由度が少なく、いわば小回りが利かないが故に、独特の角ばりを生む。ルッカリラはそこに目を付けた。Xtra Sansはあくまで太い先端のペンによる手書きの文字の形態をモデルにしているわけだ。他方、ほとんどすべてのラテン書体に後者の影響が見られるという。
ルッカリラが両者の具体例として挙げている書体は以下の通り。
- 太いペン書きの影響が認められる書体:Syntax, Centaur, Garamonds, Times New Roman
- 細いペン書きの影響が認められる書体:Perpetua, Didone, Bauer Bodoni, Century Expanded, Helvetica, Furura, Rockwell
なるほど。勉強になる。
ちなみに、フィンランド語を学ぶなら、まずはこれがいいよ*1。
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