各文字が作り出す余白の形をデザインする:Jenny(2005, 2006) by Kai Oetzbach and Natascha Dell


Jenny(2005, 2006)

欧文書体の今を知る Vol.5で紹介されている書体Jennyを設計したカイ・エツバッハとナターシャ・デルは、ドイツのアーヘンに住むタイポグラフィーとフォント・デザインを専門とするデザイナーである。ナターシャはイラストもこなす。彼らの工房Fontfarmの公式サイトはこちら。


Fontfarm

彼らは自称「コミュニケーション・デザイナー(Kommunikations-Designer)」である。その言葉にはタイポグラフィーとフォントデザインの仕事の根本はコミュニケーションにこそ関わるという思想が窺える。

欧文書体の今を知る Vol.5の中で、彼らはまず書体Jennyのデザインの着想について興味深いことを二点語っている。そもそもJennyのデザインは明確なコンセプトを背景にはじまったわけではなく、「他のことなんかを考えているときに、なんとなくはじまったプロジェクト」であったことがひとつ。そしてもうひとつは、そうは言っても、さすがに「始まりのアイデア」が芽生えたのは「Jenson Antiquaという古いルネッサンスの書体の細部を見つめている」ときだったということである。

第一の点に関しては、「他のこと」と思い込んでいることが実は深いところで繋がっているという発見に導かれるプロセスに触れているように思う。第二の点に関しては、Jenson Antiquaといえば、あのプリニウスの『博物誌』(1472)の書体である。ニコラ・ジェンソン(Nicholas Jenson, 1420-1481)製作のジェンソン活字が使われたのだった。

ジェンソンのアンティカ体はこんな書体。


Antiqua


Sample of roman typeface by Nicolas Jenson, from an edition of "Laertius", printed in Venice 1475.

カイ・エツバッハとナターシャ・デルは、そんな「古いJenson Antiquaを見直し、ペンストロークに由来する形状と強すぎる細部のデザインを改め、よりコンテポラリーな形状の書体をデザインしようとした」という。その結果、「文章として組むと読みやすく、大きいサイズでは元気でセクシーな書体」Jennyが完成した。

また、次のような発言は、イタリック体の由来で触れたように、彼らが少なくともルネサンス期に遡るタイポグラフィーの歴史を知識としても技術としても正確に継承していることを物語っている。

イタリック体とローマン体は平行してデザインされました。ローマン体の形式上の細部と特性に注目し、それらを修正することで、構成的な書体というよりは手書きの書体になるようにしました。また、イタリック体は自立した書体ですが、ローマン体と多くの形式上の類似点があると思います。

Jennyのローマン体とイタリック体。


Jenny Regular(Roman)

Jenny Italic Regular

最後に一番興味深かったのは、Jennyで一番気に入っている文字はどれかという質問に対する彼らの次のような回答に認められる「文字宇宙観」とでもいうべきビジョンである。

難しいですね。というのも、私達は各文字が作り出す余白の形に注意を払ってデザインしたんです。だから、代わりに、気に入っている文字の組み合わせを挙げます。age、cas、 ftx、cyなどですね。

へー。感心した。言われてみれば、たしかに私たちは文字を識別する際に「各文字が作り出す余白の形」を瞬時に情報処理しているはずである。もちろん普通はそのプロセスは意識されない。彼らはそこまで意識化して書体を造形するわけだ。「コミュニケーション・デザイナー(Kommunikations-Designer)」と自負する理由の一端が分かった気がした。カイ・エツバッハとナターシャ・デルはかなり深い「コミュニケーション」に照準している。面白い。デザイナーって、みんなそうなのかもしれないが。