散らし


「寸松庵色紙 」(文化遺産オンライン)拡大写真


「継色紙 」(文化遺産オンライン)拡大写真


「升色紙」(文化遺産オンライン)拡大写真

日本語のデザインのお手本は、上に見られるような、文字組みに関わるひらがなの「連綿」とレイアウトに関わる「散らし」の統合による非常に高度な空間処理である。いつ見ても惚れ惚れする。「美しい」と感じる。

グラフィックデザイナー永原康史は「レイアウト」の深い意味に触れながら、日本語デザインのルーツでもある「散らし」についてこう書いた。

レイアウトとは配置や割付のことと考えがちだが、単に紙面構成上の工夫ではない。なにも置かれていない空間にも意味をになう構造を与え、言葉と言葉の関係を位置関係に置きかえて構築する、いわば表記法の問題である。レイアウトによって書かれたテキストを読むことを、リニアに文章を読むことに対して、「二次元の読書」または「空間の読書」などとよんでいる。

(中略)

なぜ、リニアな音声をリニアなまま書きとるのではなく、配置した空間もふくめて読む術が発達したのか。それは、無文字文化の倭語を文字で記すとき、どうしても抜け落ちてしまうものをすくい上げようとしたからなのではないだろうか。失った抑揚や発音、拍、身ぶり手ぶりにかわる「ふり」が散らし書きによるレイアウトなのだ。

(中略)

「散らし」は、日本語におけるレイアウトのはじまりであり、記されている言葉をリニアに読んでいくだけではなく、書かれた様子をもふくめて意味をとる「空間の読書」のはじまりでもある。サウンド(音声)を採譜するように文字にするのではなく、書かれた言葉を話すグラフィカルな言語だからこそできたことなのだろう。言い方を変えれば、他国の文字にゆだねた無文字文化が、抑揚や身振りにかえて手に入れた「文字による表現」が花開いたのである。

(『日本語のデザイン』asin:4568502438 40頁〜44頁)

先日、朝の散歩で見かけてぎょっとした「年賀はがき」の幟が、いつか「連綿」や「散らし」を踏まえてデザインされることを夢見た。

待てよ、そう考えると、このブログの日本語デザインは一体どうなんだ? 論外か...