東京タワー







遠征三日目の冷え込んだ朝、娘の住む街を後にして、池袋に向かった。Metropolitan Plazaの上りエスカレータで地上に出て、まだ葉が繁る街路樹や青空を見上げた。一方通行の狭い車道を渡って、数十メートル先のDOUTORに入った。窓際のカウンター席でエスプレッソを啜りながら外の景色をぼんやり眺めては、これから会いに行く東京タワーのことを思っていた。東京タワーはなぜかとっても愛おしい存在である。私にとって東京のイメージになくてはならない大切な存在である。東京に来るたびに、時間を割いてはそのどこか悲しげな姿を見に行く。『濹東綺譚』のお雪さんのイメージに重なる。まるで昔の恋人に会いに行くような気持ちにさえなる。いつもこれが最後かも知れないなと思う。池袋から有楽町線で皇居を掠めて有楽町まで出て、日比谷から都営三田線芝公園まで行く。芝公園では丸山遺跡にご挨拶してから東京タワー下の横断歩道に向かう。途中、イチョウの落ち葉に埋め尽くされ、銀杏独特のニオイが立ち籠めた健康遊具が設置してある小さな公園を横切った。靴底が臭くなるかもしれないとちょっと心配しながら。横断歩道を渡り、坂の下から彼女を何度も見上げた。東京タワーは観光客で賑わっていた。楽しそうな雰囲気を無邪気に発散している年配の女性集団やワクワクしているのが伝わってくるインド人集団とおしくらまんじゅう状態のエレベーターで展望台(高さ150m、海抜?m)にのぼる。特別展望台(高さ250m、海抜?m)にものぼる。メガロポリスを360度俯瞰する。森ビルを確認する。東京の縁、地平線、水平線が霞んでいた。彼女に一旦別れを告げた私は、神谷町まで歩き日比谷線で六本木に出た。六本木ヒルズ展望台(地上218m, 海抜250m)にのぼる。スカイデッキ(地上238m, 海抜270m)までのぼる。そこから東京を俯瞰する。そして何よりもそこから彼女の現在の姿を確認したかった。スカイデッキからは彼女の姿は周囲のビル群から完全に浮いて見えた。寂し気だった。私は彼女を抱き締めるように何回もシャッターを切った。地上に降りて、もうひとつの目的を果たす。森ビル前広場にあるルイーズ・ブルジョア作の巨大な蜘蛛の彫刻に再会する。プイグ原作の映画『蜘蛛女のキス』を思い出す。巨大な蜘蛛を見上げながら、その長い脚の間を通り抜けた。ふと見上げると裸の樹の枝にひっかかった風船が風に揺れていた。