助六凧

近所のコープにおせちの食材などの買い出しに出かけた。予想通り、買い物客でごった返していた。やっとすれ違う人の表情や仕種が次々と瞬間的に網膜に焼き付けられる。すぐに思い出せなくなる「写真」がどんどん積み重なって行くかのようだ。そんななかで二人の老婦人が強い印象を残した。仲の良い友だちのようだった。二人とも毛糸の三角帽子をピンと立てて被っていた。何かのアンテナのように見えた。一人がメモ用紙に目を落としながら、次に何を買うかもう一人に伝えていた。二人の様子や仕種は少女のように可愛かった。別世界から紛れ込んだ妖精のようにも見えて、しばらく目が離せなかった。国内各地、国外からの目新しい商品も次々と目にとまり、女房の目を盗んで、節操もなく、宮城県志津川湾産の牡蠣と熊本産の長茄子と茨城産のキャベツをケータイ写真におさめた。小一時間も人波に揉まれながら、買物をしていると、頭の芯が痺れてくる。ここはどこだ? ふと天井を見上げると、「迎春」のポスターに混じって、凧が飾ってあった。「助六」とある。ああ、天井から見得を切られていたか、とちょっと感激した。助六凧は別世界へ通じるトンネルみたいな錯覚にとらわれた。店内の喧騒が引いて行く。天と地の両方を同時に睨む日月眼には、たしかに降魔力がある。思わず、自分でも見得を切る真似をしていて、女房の声で我に返った。