荒木経惟と森山大道の宮本常一論

宮本常一が撮った写真がもっと見たいなあと思いながら、既刊の著作と関連本を調べていて、2005年に毎日新聞社からとんでもない「写真+日記」集が出ていたことを知り、居ても立ってもいられなくなって、図書館に走って借出した。


宮本常一 写真・日記集成 全2巻・別巻1

なんと、暗室作業だけでも半年かかって、1600本余りの撮影フィルムから約5400カットをプリントして、そのうちの3000カット弱が掲載されている! そして26年間にわたって30数冊の手帳に小さな文字でびっしりと書き込まれた1万3178日分の日記が翻刻されている! それらの写真と日記が年代順に綴られ、上巻(昭和30年〜昭和39年)、下巻(昭和40年〜昭和56年)、別巻の三冊セットを成す。凄い! 別巻には、長男の宮本千晴氏が周防大島文化交流センターに寄贈したという、失われたはずの戦前から戦中にかけての昭和14年〜18年に撮影された400カットも収められている! 驚き! 

ところで、20頁余りの「附録」冊子が、これまた面白い。


 目次


生々しい肉声が聞こえてくる 赤坂憲雄民俗学
「風景」というより「情景」だね 荒木経惟(写真家)
未踏の景観学のために 松山巌(小説家・評論家)
この人は、伊能忠敬みたいだね 森山大道(写真家)
なにものにもなりようがない者の眼 河瀬直美(映画監督)
父の写真 宮本千晴(『あるくみるきく』元編集長)
とう、はなす、書く、一万三〇〇〇日------日記の翻刻をおえて 中村鐵太郎(日記翻刻・編集担当)
はじまりの話 伊藤孝司(写真編集者)
忘れられた暗室作業 平嶋彰彦(毎日新聞社ビジュアル編集室)


 附録取材・編集 追分日出子

目次に見られるように、写真家の荒木経惟森山大道によるそれぞれの個性が滲み出た「宮本常一論」も掲載されている。両方とも全文引用したいくらい魅力的だが、逸る気持ちを押さえてごく一部分だけ引用したい。

荒木経惟は人間にとっての「心の拠りどころ」としての「故郷」に触れながら、こう語る。

この人、どこ行っても、近所感覚があるんじゃないかな、近所だという気持ちがあるんじゃないかな。そういう写真だよね。(6頁)

森山大道は、これをやられたらプロのカメラマンはみんなぶっ飛ぶ、あるはまったく口出しできない、とにかくいろんな意味で圧倒されまくった、と正直に告白しながらも、いくつかの観点から宮本常一の生涯の総体を冷静に評価している。

この人は、伊能忠敬みたいだな。歩くということに関して、芭蕉どころではないという印象だね。眼と足によって、もうひとつの日本地図をつくっているなと、そう思いますね。(10頁)

また、暗室作業を一手に引き受け、写真のプリントに携わった平嶋彰彦さんの話も印象深い。

プリントしてみたいカットは少なく見積もってもあと三〇〇〇カットはあった。そう出来なかったのは工程的な制約と予算的な条件があったからである。(中略)撮影フィルムを一見するだけだと、凡庸でとりとめのない景色が切り取られているに過ぎないが、暗室に入って引き延ばし機にかけてみると、打ちのめされるようなイメージが浮かび上がってくる。(23頁)

これは、もう、生きているうちに、周防大島文化交流センターに行くしかないと改めて思ったことだった。