リラ冷えのサフラン公園にて

また気温が急激に下がり、風が冷たい。こうして5月中旬に短期間に寒暖を繰り返す頃、リラ(ライラック)の花が咲くことから、その寒さのことをとくに「リラ冷え」と呼ぶようになったらしい。今朝は買物がてらいつもと違う道を歩いてコンビニに直行した。そして通りをはさんだ向こうに広がるサフラン公園に立ち寄った。ライラック(紫丁香花, Lilac, Syringa vulgaris)の開花の様子を見るためだった。五分咲きといったところ。

少し離れた東屋で腰を下ろして、その薄紫色に煙る2メートルくらいの高さの低木をしばらく眺めていた。すると杖をついた顔見知りのおじいさんが近寄ってきて、私の隣に腰掛けた。「犬はもう飼わんのかい?」「はい、しばらくは、、、」「ウチも、ネコを二匹殺してしもうた」「え!?」 飼っていたネコが二匹とも癌で死んだらしかった。「もう、飼わん、、、」

いつもなら、それで別れるところだが、腰を下ろしていたせいもあってか、おじいさんはなぜか自分の過去について話し始めた。親の顔を知らない。幼い頃は親類の間をたらい回しにされた。十三、四歳で九州の八幡に飛ばされた。戦時中のことらしかった。空襲で製鉄所が真っ赤な炎をあげて燃えていた。朝鮮からのコウリャンを積んだ輸送船が沈没して、流れ着いた豆をかき集めて煮るか煎るかして食べた。塩っぱいのなんの。敗戦後、汽車で、といっても連結部分や屋根無しの貨物だが、上野で乗り換えて帰ってきた。釧路の炭坑で働いた。食うもんがなくてなあ。言えないこともいっぱいやった。故郷?生まれたのは北見だ。二十年以上行ってない。最近、北見にいる妹があたっちまった。脳卒中で手足が麻痺してしまったらしい。見舞いにでもいこうかと思っとる。札幌に来たのは二十年前だ。あの桜の木か?食える実は成らん。ちっちゃくてな。接ぎ木しなかったからな。サンナシ(町内の年配の方々は皆、私が「エゾノコリンゴ」という名前で記録している野生のリンゴの樹をかならず「サンナシ」と呼ぶ。山の梨という意味である。)もそうだ。ちゃんと接ぎ木すりゃ果実がでかくなる。あの畑か?ああ、野菜だ。ばあさんと食うぶんくらいはな。アリが出てな。肥料に魚粉を使うとアリが寄ってきて巣を作って穴だらけになる。寒いなあ。心臓を悪くしてな。ここに機械が入っとる。ゆっくりしか歩けん。山に入って、熊に出逢ったら、オレが餌になるから、お前ら逃げろ、そう言うんだ。アッハッハ。寒いな。あいつは(と言って、白い杖をついて公園の奥の方を歩いているおじいさんを指差した)、目が見えないんだ。うん、全盲だ。あの家で一人暮らししている。寒いな。帰るか。

すっかり話し込んで、カラダが冷えきってしまった。その間、私たちの周りを子供たちが自転車で走り回ったり、まだ若いゴールデンレトリーバーを連れた親子が通り過ぎた。帰り道、ライラック(Lilac, Syringa vulgaris)の白花を見かけた。