正しい死

目的のない旅を放浪というが、人生が旅であり、旅が人生であるような生活を送る者にとっては、どうしたって「死」が究極の目的であるという厳然たる事実から目を背けるわけにはいかない。死という目的に向かってどう歩むか。その歩み方には正しい歩み方と誤った歩み方があるようだ。不死を求めるような歩み方は往生際の悪い誤った歩み方で、いつ死んでも悔いはないという歩み方が正しい歩み方のようだ。オーストラリアのアボリジニの世界観を代表する「ソングライン」を世界に知らしめた稀代の旅人ブルース・チャトウィンは、エイズによって早まった自らの死を直視しながら、人生という旅の最終目的をやはりアボリジニの人生のルールに則って「帰還」(go back)と意味づけただけでなく、それをヘラクレイトスの万物流転の思想に繋げることによって、自らが属する西洋世界の知の起源にまで帰還した。



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神話の世界では、みずからを”正しい死”へ導く者こそが理想的な人間とされている。その境地に達した者が”帰還”を果たす。
 オーストラリアのアボリジニは、独特のルールに従って”帰還”する。正確には、自分の属するところへ、自分の”始まりの場所”へ、自分のチュリンガが保管されている場所へと至る道を、歌いながらたどっていく。そうしてようやく、その人間は、”先祖”になる------あるいは、ふたたびなる------ことができる。これとよく似た考え方が、ヘラクレイトスの謎めいたことばからも読みとれる。「死すべき者も不死の者も、死のなかで生き、生のなかで死んでいる」(482頁)



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「自分の”始まりの場所”」という訳にひっかかって、原書に当った。「your "conception site"」(p.292)とある。なるほど、優れた訳だと思った。「概念」と「存在」を併せて含意させた「始まりの場所」すなわち、「あなたがあなたとして世界に孕まれた場所」、そこに帰る(go back)ということ。それが「Home」の最も深い意味なのかもしれない。