歌の取引

ブルース・チャトウィンは、”パリ”ノートと称したモレスキンの手帳をパスポートよりも大事に扱った。チャトウィンは旅先でモレスキン手帳に、おもしろく感じたことや、心奪われたさまざまな観念や、引用や、出会いなどを記録し続けた。彼の代表作の『ソングライン』にはそのノートからのかなりの量の抜粋が「ノートから」と題して本文の後半に挿入されている。邦訳(英治出版asin:4862760481)では、まるでモレスキンの手帳を開いた時のように、そこだけ灰色に縁取りされたページレイアウトになっている。その「ノートから」の最後に、元来「取引」(trade)とは友情と協力を表すものであり、アボリジニのソングラインは人間の「取引」の原型であるという透徹した見方が記されている。

 取引は友情と協力を表す。アボリジニが主に取引したものは歌だった。ゆえに、歌が平和をもたらした。しかし僕は、ソングラインをオーストラリアでしか見られない事象とはとらえていない。それは人が自分のテリトリーにしるしをつけ、社会生活を築いていくための、普遍的な手段であるように思えるのだ。世の中で機能しているあらゆる機構は、原型であるこのソングラインを変形、もしくは悪用したものだと言ってもよい。(463頁〜464頁)

ちなみに、原文はこう。

Trade means friendship and co-operation; and for the Aboriginal the princial object of trade was song. Song, therefore, brought peace. Yet I felt the Songlines were not necessarily an Australian phenomenon, but universal: that they were the means by which man marked out his territory, and so organised his social life. All other successive systems were variants – or perversions – of this original model. (Songlines, p.280, asin:0140094296)