アメリカの爺がやって来る


カリフォルニアにいた時に仲良くなったロンから「とうとう日本に行くことになったぞ。会えないか、マサ」という内容のメールがあった。京都と高野山にしばらく滞在するという。ロンらしい。京都では町屋を借りるという。しかも、新しいガールフレンドと一緒だという。名前からはアジア系の女性だ。それもロンらしい。とにかく、日本のどこかで、たとえ短時間でもいいから、会おう、ということになった。思うに、彼は札幌と京都の距離感がつかめていない節があるが、まあ仕方がない。これも何かの縁だ。



ロンは私より一回り年上の日本で言えば全共闘世代で、今の私の年齢くらいまで眼科医として残りの人生に充分すぎるほど稼いだ後の悠々自適の人生を謳歌しているいいご身分の爺である。バツイチで、北カリフォルニアの高級住宅地の日本風平屋の大きな一軒家に一人暮らしだが、会う度に違うガールフレンドといるという無責任な爺である。そんな爺と私はひょんなことから出会い、日本人にしては珍しくいい加減な奴だと言って私を気に入ってくれたロンは、私がアメリカを去る直前にオークランドのYoshi'sという日本人が経営する全米でも名の知れた寿司の喰えるジャズ・スポットに連れて行ってくれた。そこで彼はYoshi'sのロゴタイプ入りのキャップを思い出に買ってくれたのだった。日本に帰ってから最初のクリスマスに私は日本を含めたアジアの文化全般に興味津々の彼に小津安二郎監督の映画『東京物語』の英語字幕入りDVDと京都のどこかの線香を贈ったのだった。いたく喜んでくれた。しかし、今回は、東京にも尾道にも行く予定は組まれていないようだ。彼は日本の古いものが好きだった。日本で伝統的職人芸が生きている土地はどこかとしつこく聞かれたこともある。日本料理を好み、藍染めの布を愛し、自宅には随所に日本家屋の設計が生かされていた。死ぬ前に日本に行きたい。それが彼の口癖だった。



そんなことも遠い過去の思い出となりつつあったある日、突然、ロンから時空をワープするようにメールが届いたのだった。週に一度お決まりのカフェで会うたびに挑発的な質問を浴びせてきたロンと過ごした時間がつい昨日のことように思い出された。