地霊と言霊、地図と辞典、ソローと松浦武四郎


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本書はソローHenry David Thoreau, 1817–1862)がメイン州の森林地帯の奥地を三回(1846, 1853, 1857)にわたって従弟や友人と旅しながら、野生(自然)と野蛮(文明)との違い、自然と人間との関わりのあるべき姿、などに関する思索を深めて行った三話から成る叙事詩のような紀行文である。三話ともに具体的かつ詳細を極めた観察の分厚く意味深長な背景から言葉の殻を破るようにして一種の叙事詩が立ち上がってくるような迫力がある。特に、第三話では、ガイド役として同行したインディアンから、彼らの自然に寄り添って生きる暮らしと、それを反映して複雑に織り合わされた言語との接点のような、動植物の名前、山や湖や川や沼などの地名の特徴、言うなれば、地霊と言霊のインターフェイス、を真剣に深く学んでいくソローの姿が非常に印象的であり、大きな感銘さえ受ける。


講談社学術文庫版『メインの森』の訳者、小野和人さんによれば、三回の旅については郷里コンコードの文化協会で講演が行われ、地元の人々に好評を博したという。一回目、二回目の紀行文は雑誌にも掲載されたが、三回目の紀行文を推敲中にソローは死亡した。死後、1864年に、妹ソフィアと友人エラリー・チャニングの尽力によって三つの紀行文は一冊の書物にまとめられ、『メインの森』(The Meine Woods)と題してティックナー・アンド・フィールズ社から出版された(小野和人訳、講談社学術文庫版『メインの森』、「訳者あとがき」参照)。


第三話「アレガッシュ川と東流(The Allegash and East Branch)」では、随所で土地と緊密に繋がったインディアンの生き方を反映する言葉、特に地名へのソローの関心が爆発する。小野さんは次のように述べている。

 第三話では、ソローの関心が、旅に同行したインディアンの秀れたガイド、ジョウ・ポリスの言動に一貫して向けられている。「僕の知っていることは全て教えるから、君の知っていることも全て教えてくれないか」とソローはもちかけ、ポリスも快くそれに応じたのである。ソローは極めて意欲的で、インディアンが大自然の中に順応していきているその暮らしぶりを体得しようとし、彼らの言葉の表現をも学びとろうと努めている。このことは「補遺」の部分のインディアン語の一覧表にも窺うことができる。(461頁)






たしかに「補遺」にはソローの並々ならぬ、度を越した意欲を感じる。以前別の観点から触れたように、ソロー自身がまとめた「一覧表」には、樹木は23種、小さな木々と灌木は38種、小さな灌木と草本植物は145種、より下等な種類のもの9種、野鳥は40種、四足獣は8種、が記録されているほか、件の「インディアン語の一覧表」に111語が記録され、そのうち81語は地名である。しかも、それらの地名は例えば、チェサンクック(Chesuncook)は「多くの流れが流れ込む場所」、ペノブスコット(Penobscot)は「岩の多い川」、そしてアボルジャカーミーガスクック(Aboljacarmeguscook)は「滝と淀みのある川」のように、地勢の細部を再現する表現になっているのが大きな特徴である。ここから、当然と言えば、当然かもしれないが、アイヌ語の地名を連想される人も多いだろう。もしソローがもっと長生きしていたら、知里真志保山田秀三アイヌ語の地名辞典を作ったように、インディアン語地名辞典を作っていたに違いないと想像することは愉快だ。



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ついでながら、ソローがメイン州の森林地帯の奥地を旅していた頃、日本では松浦武四郎(1818–1888)が蝦夷地を旅して、アイヌと親交を深め、「北海道」という地名を考案したり、アイヌ語の地名をもとに新しい地名を選定したことも忘れないでおきたい。二人は同世代であり、ともに旅の達人であり、先住民に対して偏見のない態度で尊敬の念すら抱いて接した点や先住民の地名のつけ方に深い関心を抱いた点においても共通している。


土地や人心の荒廃は、言葉、地名の荒廃となっても現われる。そして、土地のマップである地図と心のマップである辞典との乖離にも現われる。例えば、私の場合、近所を流れる豊平川の「豊平」は比較的最近まで単なる記号でしかなかったが、アイヌ語で「崩れる崖」を意味する語に由来することや、「乾いて大きい」を意味するアイヌ語に由来するサツポロを古名とすることなどを知ってからは、豊平川を見る目ががらりと変った。それ以来、私は自分が多少とも関わりのある土地の地図と地名辞典を、土地と心を重ね合わせるように使っている。


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