諸般の事情により、小雨模様の朝、私はよく知らない町の狭い歩道を挟んで交通量の多い街道に面した小さなコインランドリーにひとりでいた。バラックのような粗末な作りの独立した無人の建物で、内部にはテレビはもちろん、両替機もなく、しかも決して清潔とは言い難い状態だった。私の中のかなり低い清潔境界線をも下回りかねないぎりぎり感の漂う侘しく鄙びたコインランドリーだったが他に選択肢はなかった。歩道と街道に面した壁がほとんどガラス張りのコインランドリーからは歩道を行き交う通行人や、近くの信号が赤になるたびに、ずらりと並ぶ一時停止した車の運転手の顔がよく見えた。ということは向こうからも私は丸見えだった。シーツ、カバー、タオルケット数組を二回に分けて洗濯し、乾燥機にかけた。コインランドリーと縁の深かった学生時代やアメリカ生活時代のことが色々と思い出された。その間、出入り口の傍にごみ箱と並んで一脚だけ置いてあった粗末なパイプ椅子に座って、持参したソローの『一週間』のある箇所、数頁を何度も何度も読み、気になったフレーズ部分を携帯写真に撮ったり、下の一節を携帯メールに入力したりした。
粗野で、たくましく、経験を積んだ賢い男たちは…ホメーロスやチョーサーやシェイクスピアよりも優れていたが、ただそういったことを言う時間がなかっただけである。決して書くことに耽るようなことはなかった。彼らの現場を見よ。そしてペンをとって紙に向かったとき、彼らが書いたかもしれないことを考えてほしい。あるいは深く深く、広く広く、繰り返し繰り返し、森を拓き、開墾のために焼き払い、地面に穴を掘り、土を砕き、耕し、底土を掘り起こしながら、大地に彼らが何を書かなかったかを心に描いてほしい。(ソロー『コンコード川とメリマック川の一週間』11頁)
...rude and sturdy, experienced and wise men, ... greater men than Homer, or Chauser, or Shakespear, only they never got time to say so; they never took to the way of writing. Look at their fields, and imagine what they might write, if ever they should put pen to paper. Or What have they not written on the face of the earth already, clearing, and burning, and scratching, and harrowing, and ploughing, and subsoiling, in and in, and out and out, and over and over, again and again, ... (Henry David Thoreau, A Week on the Concord and Merrimak Rivers, LA*1p.9)
なるほど。そして、この一節はこんな風にも聞こえる。「…常識を拓き、開墾のために焼き払い、イメージに穴を掘り、意味を砕き、耕し、言葉を掘り起こしながら、魂と肉体に彼らが何を刻んだかを心に描いてほしい」
ところで、洗濯の全工程20分余りのうち半分過ぎた頃、まずひとりの老婆が、家で洗濯してきたらしい物を乾かしにやってきた。お互いに軽く会釈した。おばあさんは向かって左(出入り口に近い方)から二番目の乾燥機を使った。100円玉を数枚入れてドラムが回転するとすぐに出て行った。それからまもなくして、老人が作業着などの洗濯にやってきた。お互いに軽く会釈した。おじいさんは一番奥の洗濯機を使った。200円入れて動き出すのを待ってから出て行った。その後、外に出てコインランドリーの横から奥に通じる路地に入って、ラジオ体操っぽい動きをしていると、近所のアパートにリフォームの仕事に来ている鳶職風の年配の男性が煙草をふかしてニコニコしながら近づいて来た。こちらもニコニコして挨拶した。少し世間話をした。「ほんと、寒いねえ。札幌はもっと寒いんだろうがねえ」 いつもの悪い癖で生まれと育ちを尋ねるつもりで「ずっとこちらに?」と聞いたら、「いやあ、このアパートはまだ一週間だ」と、現場の話になって我ながら可笑しかった。
洗濯が終わって、乾燥に移るとき、おばあさんが使っている左から二番目の乾燥機を挟むように、一番目と三番目の乾燥機を選んで先ずは100円玉を一枚だけ投入した。三番目と四番目という風に隣り合った機械を選べばよかったものを。実はその選択が大きな悲劇を招くことになった。というのも、最初の100円では足りずに二枚目を投入するときに、ほとんど無意識に左から一番目と二番目の乾燥機にコインを投入してしまったのである! 投入した直後にハッと我にかえって、気づいた時にはすでに遅かった。なんてこった。おばあさんの乾燥機に100円を追加投入してしまった。用意してあった手持ちの100円玉は残り2枚だけ。仕方なく、一枚を三番目の私の乾燥機に投入した。案の定、200円では十分に乾燥しなかった。しかも残りは100円玉一枚だけ。比較的乾いたシーツを除いた残りを三番目の乾燥機一台に集めて残りの100円玉一枚に賭けた。しかし微かな期待は機械的無常に裏切られ、洗濯物はすべて半乾きに終わった。その代わり、おばあさんの洗濯物は完璧に乾いたはずである。乾きすぎて生地が傷まなかったか心配したが、勝手に取り出して調べることはできなかった。私がいる間におばあさんは戻って来なかった。おばあさんは、洗濯物がいつも以上によく乾いた本当の理由を知ることは永遠にないだろう。
*1:Henry David Thoreau: A Week on the Concord and Merrimack Rivers; Walden; or Life in the Woods; The Meine Woods; Cape Cod, The Library of America, 1985