読書の快楽

メカスは3月29日の日記で、三冊の興味深い本を紹介しながら、

Here are three amazing books I have been reading on and off simultaneously, lately (I never read only one book, I keep switching between three, four, and more at the same time):


と彼流儀の読書に触れて、決して一冊の本だけを読むことはなく、同時に三冊、四冊、それ以上の本をとっかえひっかえ読むと語り、それこそが読書の極意、神髄であることをそれとなく示唆しているが、たしかに、「本」は形式的単位の「冊」に閉じ込められたモノではない。仮に一冊の本を読んでいる場合でも、実はそこには他のそれまで読んだ本が密かに寄り添っているものだ。言葉は意味をはじめとした各種のつながりを生きるものであるから、様々な文脈や物語形式などを通じて、本たちは相互に顕在的にも潜在的にもつながって、いわば一冊の巨大なTHE BOOKが日々刻々と成長しづつけていると見ることだってできる。一時、そのような本の理念は正にウェブ上において実現されつつある、という議論があったような気がするが、実は私は今でもそれを信じていて、メカスが映画なるもの総体を一本の巨木に喩えるように、私は本なるものの一つの理想のあり方をTHE WEB BOOKだとクールに考えている。このブログはそんな本への出入り口あるいは里程標として企画されている。しかし、逆に個々の一冊一冊の本への愛着を軽視するものではない。それらは巨大な本の海における島、本質的な、冊に囚われない読書という旅、航海の途上で立ち寄る港を備えた島のように感じている。ずうっと一つの港に留まってはいられないが、いつの間にか再び寄港する本はたくさんある。最後に、ただし、THE BOOKはそのような個々の一冊一冊の本をただ寄せ集めただけのものではないことに注意したい。なぜなら、それは単に情報の集積ではないのはもちろんだが、考えられ得る形式的なリンク総体を備えたデータベースあるいはアーカイブでもないからだ。それはあくまで生きている私のTHE BOOKであり、生きているあなたのTHE BOOKなのだ。私たちはそれぞれがそれぞれのTHE BOOKを日々刻々と書いているようなものだと思う。そうでなきゃ、本は死ぬ。違うか?