長音の秘密

鳥取で「野の花診療所」を営む徳永進さんは、病棟に響くいろんな声のなかにひとつの法則のようなものを発見した。

 病棟にはいろんな声がある。「おーい、おーい」「かんごふさーん、かんごふさーん」「死なしてー」「助けてー」「ありがとー」
 ぼくは、この伸びる音「ー」のことを考えずにいた。棒みたいな記号だから、〈棒音〉かと思ったが、辞書にはなかった。長音という。「ー」に共通しているのは、感情が乗っているということだろう。
「あいつー」の憎しみにしろ、「あーあ」の落胆にしろ、それぞれの感情が「ー」に乗り、乗ると思いはさらに増幅するようだ。「ー」は感情の増幅装置。コミュニケーションの本質は「ー」にあるのか、と最近思う。
 長音を、語尾につく長音(1)と、音の間につく長音(2)に分類してみた。両方に陽性、陰性の感情が乗るが、のどかで、やさしい響きが乗るのは長音(2)のようだ。喧嘩する時、長音(2)は使いにくい。伸ばしている暇なんかない。
(中略)
 長音を含んだ会話が医療者と患者さん家族の間で成り立つ時、われわれ医療者は一隻の舟の同乗者にならせてもらえる。(『野の花ホスピスだより』149頁〜150頁、asin:4103889039


「感情の増幅装置」か、なるほど。上手く使えば、感情の制御装置にもなるな。イライラしている時や気分が落ち込んでいる朝こそ、「おはようございまーす」と伸ばしてみれば、そしてそれに「おはようございまーす」と返ってくれば、気分が少しは晴れるかもしれないしね。それにしても「一隻の舟」か。たしかに徳永さんの場合はそれは三途の川の渡し舟であることが多いし、徳永さんはこの上ない渡し守だ。


そうだ、こんな母子の会話があったっけ。

いってらっしゃ〜い。いってきま〜す。
車に気をつけてね。は〜い。
傘もってったほうがいいよ。は〜い。

 ぎゃらりい・じぞう


参照


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