合衆国版「狂気の歴史」:写真集『アサイラム』



Asylum: Inside the Closed World of State Mental Hospitals (The MIT Press)

Asylum: Inside the Closed World of State Mental Hospitals (The MIT Press)


アジール」関連でたまたま手にしたクリストファー・ペインの写真集『アサイラム』に大きな衝撃を受けた。合衆国にはこんな「狂気の歴史」があったことを知らなかった。つい最近までその記憶は廃墟と化した壮麗な宮殿のような州立精神病院の建築物として全米各地に存在した。中には、ダンバース州立精神病院(Danvers State Hospital)のように『セッション9』というホラー映画の舞台になった建物もある。


この写真集の概要を伝えるカバー見返しの文章を以下に抄訳する。

 約1世紀にわたってアメリカの景観に顕著な特徴を与えていたのは広大な精神病院である。19世紀半ばから20世紀初めにかけて250以上の精神異常者のための施設が合衆国全土に建設された。1948年まで50万人以上の患者が収容された。これらの病院はペンシルバニア病院長のトーマス・ストーリー・カークブライドによって詳細に計画された。中央の管理棟の両脇に病棟が左右対称に配され、建物は田園風の広大な土地に囲まれていた。カークブライドと協力者たちは、よく設計された建物と土地、穏やかな環境、新鮮な空気による養生、そして労働、訓練と文化的な活動のための施設は、精神病を癒すと信じた。しかし20世紀後半、向精神薬の導入によって治療の場が地域社会に移行するにつれ、患者数は劇的に減少し、それらの美しく重厚な建築物の多くとまだそこに住んでいた患者たちは見捨てられた。
 建築家であり写真家でもあるクリストファー・ペインは30州70箇所の州立精神病院を訪れ、6年間に渡ってその衰退の過程を記録した。彼のレンズを通してわれわれは壮麗な宮殿のような外観と崩れかけた内観を見る。
 ペインの目をみはるような力強い写真にはオリバー・サックスが小論を寄せている。彼はブロンクスの州立精神病院で25年間働いた。サックスはペインの写真と「人が狂気のまま安全でいられた場所」にかつて住んだ人々に敬意を表している。


現在、英語では「mental hospital」と言われる精神病院は、かつては「lunatic asylum(狂人の避難所)」と言われた。この言葉の変化にも多くを読みとることができそうだ。それにしても、合衆国の州立精神病院は、規模だけから言っても今日の病院の観念をはるかに超える施設であったことが分かる。単純計算では、各病院に平均約2千人の患者が収容されたことになる。オリバー・サックスによれば、例えばロングアイランドピルグリム州立病院では患者数が1万4千人を超えた時期もあったという。町の規模である。そのような病院環境自体が「狂気」の様相を呈した。当然のことながら、患者数の増加は財政を圧迫し、スタッフ不足も手伝って、サディスティックな官僚的統制が強化され、それが州立精神病院の衰退の一因にもなったという。


残念ながら、ウェブ上に合衆国の州立精神病院に関するまとまった日本語の情報は存在しない。ただ、杉野昭博氏による「社会福祉と社会統制 : アメリカ州立精神病院の『脱施設化』をめぐって」と題した論文が日本社会学会誌「Japanese sociological review 45(1)」(1994-06-30) に掲載されているという情報があるが、未見である。



参照