- 作者: 李静和
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2009/06/03
- メディア: 単行本
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李静和さんがしきりに「村山敏勝」という死者の名前を出していて、気にかかっていた。こんな本を出していた。
- 作者: 村山敏勝
- 出版社/メーカー: 人文書院
- 発売日: 2005/07
- メディア: 単行本
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われわれは他人の幻想を尊重しなければならない、とジジェクは再三語る。そのとおり。しかしそのとき、他人の幻想は共有不可能であることが前提とされている。実際、共有したような気分になってプライヴァシーに踏みこんでくる者ほど迷惑な奴もいまい。しかし、そもそもものを読むとは、他人になること、同一になれるはずのないものに同一化することだ。そして本書でくりかえしてきたように、同一化と欲望とは区別がつかない以上、読むことは原理的に性的かつ無作法なものでしかありえない。要するにわたしは、たとえ自分勝手な愛しかたであっても、すべての人を愛したい。他人の気持ちを感じとるという性的な歓びがなければ、そもそもなぜ書物など読むのか。めんどうな理論を学ぶのも、他者の思考を追体験したいという欲望のため以外、なにがあるというのか。(村山敏勝『(見えない)欲望へ向けて』人文書院、2005年、224頁)
鬱陶しい愛に感じられなくもないが、彼の言う「すべての人」には死者も含まれていたのかとちらりと思う。こう書いた一年後、2006年10月11日に村山敏勝さんは亡くなった。享年38歳。村山敏勝さんのはてなダイアリー「読んだから書いた」が4年近く放置されたままウェブ上に墓のように残っている。最新エントリーは亡くなった翌日の日付で「inui」と署名がある。
もう決して更新されることのないダイアリーを読みながら、書き手が死ぬことによって、テクストの何かが変わるとしたら、それは何なのだろうか、と考えるともなく考えていた。