太田順一『父の日記』、一本の線


父の日記 「伊奈信男賞受賞作品」

父の日記 「伊奈信男賞受賞作品」

亡くなる2年前、痴呆症のこともあって老人施設に入りました。本人にとって入所は不本意であったようで、そのときを境に日記は錯乱したものにと変わります。殴り書きがなされページは汚され、偏執的に同じ文言、記述が繰り返されていきます。
日記は、父の脳を襲った困惑の嵐のその痕跡なのでしょう。私の父ということをこえて、人はこのようにして老い、そして死んでいくと知らされました。遠からず訪れる自分自身の姿を見る思いです。

  太田順一『父の日記』4頁



108頁


週単位の日記帳のページの上から文字が見えないところにどんどん遠ざかって行くような印象を受けた。亡くなる3ヶ月ほど前のある日を境に、ついに日記欄から文字は姿を消す。ただ天の余白に朝食と夕食の時刻だけがかなり崩れた文字でぽつんと書かれている。それで終わりかと思ったが、実は、日記欄の日付の横に印刷された午前8時から午後7時まで目盛られた横罫線のすぐ下には、一本の線が生きた証しのようにしばらく引かれ続けていることに気づいて驚いていた。