瓦礫の山

…瓦礫の山とは、具体的にはできそこないの作品とか、つまらぬ詩句の断片とか、決して人さまには見せられない身勝手な呪文の数々とかで、それらのおおくは紙片に書きとめられて私の机の上や下にちらばっているのだが、それらは同時に私のこころのなかにも、もっと混乱したかたちで、瓦礫の山としかいいようのない感じで存在している。ときどきアルコールの雨でも降らせてやらなければ、ギザギザしちゃって、とてもやりきれない。そしてやりきれないといえば、いちばんやりきれないのは詩というのはいくら書きたくたって書けるものかどうかまったくわからないということだ。
 詩を書いていないとき(いつもそうだけれど)、私には詩はどう書いていいのかまったくわからない。そして書くときには、(いちばん幸運なかたちで言葉と出会えたときには)書きたいなあなどと思う間もあろうものかは、気がつくとすくなくとも一時間は経過していて、すでに書いてしまっているのだから書ける書けるなんてよろこんでいるひまはない。こういうときは、ペンを走らせながら十行くらい先の言葉のかたまりのなかみたいなものも次々に見えてくるような感じで、こうして一篇の作品を得たあとの三日間私は幸福である。

  辻征夫「瓦礫の構造」より