流されることのなかった涙の記録:『ロベール・ドアノー写真集 パリ』


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カーバー写真はアコーディオン流しの女。「過酷な仕事を終え、ヤットコのようにこわばった手を休ませる男たちに、彼女は怠惰こそが最高の贅沢であるとほのめかす。野良猫のような彼女のノンシャランスはちょっと残忍でもあり、その魅力はおそらく時代が中世であれば火刑台送りだったにちがいない」(118頁)


港千尋『パリを歩く』では驚異的な「歩く人」として注目されたドアノーだが、彼の写真にはかぎりなく薄く柔らかい一枚の透明なベールがかかっていると感じることがある。それはドアノー自身も認めなかったかもしれない流されることのなかった彼の涙のような気がする。彼が手帖に書き残したという言葉をいくつか引用しておこう。

 瓦礫を見て泣こうとは思わない。感動をよぶ美しさにははかなさがつきものだ。(7頁)

 まるで蛍光灯がともったようにそのひとを明るく浮かびあがらせ、つかのま別格にする輝きをオーラという。オーラはわずかな動きにももろいので、即座に記録しなければならない。(305頁)

 街の魅力。そう、やっとその話をするときだ。それは花の美しさに似て、そこに忍び入り、流れる時間につくられる。魅力にははかなさはつきものだ。(381頁)


  『ロベール・ドアノー写真集 パリ』(岩波書店、2009年)から


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