小千鳥








コチドリ(小千鳥, Little ringed plover, Charadrius dubius)。北海道伊達市有珠(うす)海水浴場にて。


先日、懐かしいはずの場所を訪ねた。ところが懐かしさをまったく感じることはなかった。それどころか、生まれて初めて来た見覚えのない場所のように感じられた。そのことに微かな驚きを覚えていた。幼稚園から小学校の低学年にかけて、毎年夏休みに遊びに来た海水浴場の、ほかに誰もいない砂浜に立っていた。ほぼ円を描く大きな湾の北東に位置する小さな海水浴場。さきほどまで射していた日は、南から流れてきた薄雲に翳った。風はなく、海も穏やかだった。水平線の上には対岸の起伏が濃い灰紫色のシルエットとして浮かんでいた。左手には駒ヶ岳の山容が見えた。その上に棚引く雲の隙間にはわずかに朱が差していた。眼の前の砂浜では波打ち際から数メートルの辺りに二十羽ぐらいのカモメが特に何をするというのでもなくのんびりと休んでいた。五メートルぐらいに近づいても逃げようとはしなかった。ふと、目につくカモメの向こう側の波打ち際をせわしなく動く小さな野鳥の群れが目にとまった。波が引いた直後の濡れた砂を頻繁に突きながら右へ左へ移動している。雀ぐらいの体長だが、嘴は細長く、脚が長い。腹は白く、首周りをのぞいて、体の上面は灰褐色に見えた。逆光のせいで細部の色模様は識別できなかった。もっと近づこうと、二、三歩前に踏み出すと、カモメはゆっくりとよけてくれた。そしてカメラを構えた瞬間、十数羽の小さな野鳥は沖に向かって一斉に飛び立った。ああ、逃げられた。コチドリ(小千鳥)だった。

有珠 うす

 伊達市西端の地名、湾名、郡名。上原熊次郎地名考では「ウス、夷語ウシヨロなり。則入江と云ふ事」と書かれた。つまり両様にいわれたのだろうか。ウス(us、あるいはウシ)は入江、湾の意。ウショロ(ush-or 入江・の内)でも同じように使われた。奥の深い波静かな入江であり、昔からアイヌの大コタンがあった。北海道有数の古寺である善光寺があり、会所があって、この辺の中心地であった。鎌倉にでも行ったような、しっとりとした処である。

 山田秀三『北海道の地名』409頁