白式部

いつか鮮やかな紫色に変ると思い込んで、今日こそはと期待して近寄って顔を近づけて見る度にその果実が雪を連想させる白色のままであることに軽く落胆した。そのうちそれは永遠に白色であることに気づいた。それでも根拠なくその果実は必ず紫色に変ると期待していた。白色のままであることがなぜか許せないと感じていた。その白式部の木が隅にある空地で建設工事が始まったのは数週間前だった。毎朝数台の車で乗り付ける大工たちは白式部の存在に気づいていないようだった。工事が始まって数日して、白式部のすぐ横に簡易便所が設置された。それ以来、白式部の変化を見るには、わずかに傾いた簡易便所のコンクリートの土台に右足をかけなければならなかった。私が白式部にカメラをほとんど接するようにして向けるのに気づいた大工たちは一瞬作業の手を止めて怪訝な表情を見せるが、すぐに作業に戻った。湿った重たい雪に足をとられながら、今朝もその白式部に近づいた。白式部はまだ白かった。空地の前に停められた二台の車のタイヤの溝に目を凝らした。スタッドレス・タイヤではなかった。車の陰にいた年配の男が顔を出した。「スタッドレスじゃないの?」男は当然だろうと言いたげな表情を浮かべて「すぐ融けるさ」と言った。「でも、こいつは」と言って空地の奥から出て来た若者に視線を向けて、「こいつ、さっき、あそこで30分も立ち往生したさ」と言って笑った。その若者もつられるように笑った。彼が立ち往生したという道の白い雪はすでに融けて消えかかっていた。ふと白式部も融けないだろうかと思った。