誰も知らない風景


イチイ(一位, Japanese yew, Taxus cuspidata)に絡み付いたガガイモ(蘿藦/鏡芋/芄蘭, Milkweed, Metaplexis japonica


ガガイモの蔓はイチイを這い上り、日当りのよいてっぺん近くで実をたくさんつけていた。そこは北と東が道路に面した角の空き地で、東側の境界にイチイが四、五本植わっている他は今は雪に覆われて何も見えない。ある朝、その空き地に隣接する家の前で雪かきしていたおじいさんに尋ねてみたら、イチイは昔から生えていた、ガガイモには気づかなかったという。どこから種が飛んで来たんだろうなあ、よく育ったもんだ。おじいさんがそこに越してきた四十年ほど前には一帯がリンゴ畑だったと周囲をぐるりと見回した。野生のリンゴはまだあちこちに残っていますが、リンゴ畑は数十キロ南の郊外まで足を伸ばさなければ見当たりませんね。おじいさんはこの辺りはすっかり様変わりしてしまったとどこか遠くを見る目をした。おじいさんの中では四十年前の風景がつい昨日見たもののように蘇っていたのだろう。私には見えないはずの風景がちらりと見えたような気がして、ちょっと得をした気分になった。リンゴの香りが鼻先を掠めたような気さえした。しかし私はかつてはリンゴ畑が広がり、今は住宅が犇めいている風景の中を抜けて、誰も知らない風景の中を野良犬のように彷徨っていた。