普通の人のサバイバルのためのリアルアートという考え:前田ジョンの場合


John Maeda

Design By Numbers―デジタル・メディアのデザイン技法

Design By Numbers―デジタル・メディアのデザイン技法

Maeda Media

Maeda Media

Creative Code: Aesthetics + Computation

Creative Code: Aesthetics + Computation

日本でもファンの多い前田ジョン(John Maeda, born in 1966)はすでに2000年頃には、デジタル・メディアの限界を予感し、「その先」を模索していました。

しかしごく最近、自分の中になにかもやもやしたものがあることに気づいた。デジタルでどんな新しい領域が現れてきても、結局スタートしたところに戻ってしまう。永遠のくりかえしなのではないか。この直感に対する私の答えは、「Post Digital」に向けてさらに脱皮しなければならないということである。その「ポスト」とは、もちろん未来の意味ではあるが、必ずや過去に横たわっているはずのものである。
(前田ジョン『デジタルの先へ』29頁)

前田ジョン:デジタルの先へ

前田ジョン:デジタルの先へ

そして2004年頃には、デザイナーやアーティストといった枠を超えて、大きな視野からみたクリエイティブとは何かを問い続けた結果、「普通の人のサバイバルのためのアート」というとても魅力的な考えを提示するに至ります。

 デザインとか、アートという言葉にも、疑問を感じています。(中略)結局、デザインとか、アートとかいう言葉は、単に習慣的に使われている言葉にすぎないということです。
 例えば日本では、アートという言葉の出現によって、日本本来の文化の良さ、美しさが消えてしまったのではないかと思うんですね。かつては生活の中に美があり、芸術があった。ところがアートやデザインという言葉で区別することによって、日本固有の美や芸術の力が削がれてしまった。ある意味、他の国と変わらなくなってしまったのではないか。
 (中略)
 アートという世界は、とりわけ現代アートの世界は、ショッキングなもの、神がかりなもの、希少なものを求めている気がします。でもそういうアートは1%に過ぎない。しかもそういうアーティストは大概がお金持ち出身。でもそういうものが多くの人にアートとして認知されている。残りの99%のアーティストは、展示会場で準備作業をしている人です。
 最近、妻の兄が自分で釣った魚の魚拓を母親にプレゼントしました。贈る方も贈られる方もハッピーなれるプレゼントがアートではないでしょうか。自分で作ってプレゼントするという人がいちばんいいクリエイターになります。物を通してコミュニケーションができる人。誰かに愛を示すこと、それこそが本当のクリエーションではないかと思います。
 ニューヨーク近代美術館に展示されなくても、普通の人が喜べる生きたアート。これからはそんなアートが大切じゃないかと思っています。
 (中略)
 世の中を豊かな社会にするためにはどうしたらよいか。いまぼくがいちばん関心を持っているのがサバイバルという問題。
 ぼくはよくシェアウェアを買いますが、それを売っているフランス人の知り合いから、「会社やめた」というメールが届きました。彼が言うには、一日一杯のコーヒーが飲め、タバコが吸えるぐらい稼げばいいと。サバイバルとウェルス(財産)の違い。生きているだけのお金を稼げばよく、それ以上は必要ないというわけです。
 このサバイバルのために、ぼくがやりたいと思っていることは、Web上でさまざまなツールを公開するという試みです。ドローイングソフトやペインティングソフト、ビデオ編集ソフト、すべてWeb上で使えたらどうなるか。どんな風な使い方がなされ、どんなクリエイティブな力が生れてくるのか。アイディアやツールを自分だけのために使うのではなく、みんなと共有することで、サバイバルのための新しいエコノミーができるんではないかと思っています。
 ぼくがWeb上で公開したツールを使って、いろんな人が自由にクリエイティブな活動をする。そして、100円でもいいから売れるようなものを作れないかということなんです。ツールとエコノミーを合体させる試み。
 もう一つは、Webカフェのようなもの。オンラインチャットとは違って、テーブルは5台しかない。席を取るには予約が必要で、そのテーブルでみんながアイデアを出し合い、そのアイデアを買ってもらう。例えば、ソル・ルウィット*1がコーヒーカップやケーキをデザインするとか。別にお金儲けをしようというんじゃない。アーティストたちがサバイバルに必要なささやかなお金を稼ぐための場です。クリエイティブで食べるための実験です。99%のアーティストがサバイバルできる、リアルアート。そんなWeb上でのバウハウスを試みてみたいと思っています。
 最近、アメリカの大学では、大学の評価制度というのができて、行政による一定の評価を得られないと、予算がもらえないようになっています。大学はその予算を獲得するために、評価されやすい実務的な授業ばかりをやっている。ますますクリエイティブの力が弱まりつつあります。
 クリエイティブが弱まってくると、目先の利益だけを追求する強者だけの世界になってしまう。普通の人がクリエイティブな力を持つことで、クリエイティブの本当の価値が分かるんじゃないかと思うんですね。自分たちの子供の世代のためにも、クリエイティブがつくる新しいエコノミーを成功させたいと思っています。

GA info.:creator's file :前田ジョン 第2話 「デザイン、アートの彼方へ」

このような考えは2008年の現在ではすでに様々な形で実現しつつあることですね。例えば、坂ちゃん(id:keitabando)がやっているMyOpenArchiveもその典型だと思います。

The Laws of Simplicity (Simplicity: Design, Technology, Business, Life)

The Laws of Simplicity (Simplicity: Design, Technology, Business, Life)

シンプリシティの法則

シンプリシティの法則

そして一番最近では2006年に出た"The Laws of Simplicity"という本の題名に如実に表われているように、人生のあらゆる局面における「シンプルさ」の追究という境地に到達したようです。まるで金ちゃん(id:simpleA)ですね。この本には公式サイトがあり、10個の法則の概要を読むことができます。

百式さんが10個のシンプルの法則を訳されています。

  1. REDUCE: シンプルにするためのもっともシンプルな方法は注意深く何かを取り除くことだ。
  2. ORGANIZE: まとめるとシンプルに見える。
  3. TIME: 時間の節約ができればシンプルに感じる。
  4. LEARN: 知識があれば何事もシンプルに見える。
  5. DIFFERENCES: シンプルさと複雑さは両方必要だ。
  6. CONTEXT: シンプルさの周辺にあるものを忘れるな。
  7. EMOTION: シンプルに関する感情はないよりあったほうがいい。
  8. TRUST: シンプルには信頼が必要だ。
  9. FAILURE: シンプルにできないものもある。
  10. THE ONE: シンプルにするには、わかりきったことを取り除き、意味があることを付け足すことだ。

IDEA*IDEA

シンプルの法則に、「感情」や「信頼」や「失敗」が入っているところが興味深いですね。

また、2007年5月に行われたシンプルをめぐる前田ジョンの講演ビデオを見ることができます。