ネットの自由を奪う

「ネットの自由を奪う」という切り口でネットを利用し、恋愛について疑似体験を通じて考え直すというユニークな企画が進行中である。ニュースレター「JOURNALSAKAMOTO+」で知った。専用サイトでは、坂本龍一の新曲『hibari』が採用されている。

企画参加者は、遠距離恋愛中の実在する男女のカップルが12月1日それぞれ福岡と東京を徒歩で出発し、クリスマスイヴの出会いを目指して、今日も走り、歩き続けているという現実を、二人がそれぞれの専用サイトにアップする日記等を通じて観察(伴走)し続ける。ただし原則的に男か女かどちらかひとつのサイトにしか登録することができない仕組みになっている。テレビドラマや映画をみるときのようには、恋愛を俯瞰することはできず、また通常のネットの使い方に大きな制限を設けることによって、恋愛の真っ只中に放り込まれたかっこうで見えない距離を暗中模索することになるという趣向が凝らされている。

「適度な距離が必要である」のは今更目からウロコが落ちるような真実でもないし、恋愛にかぎったことでもないから、それだけでは凡庸な企画に陥りかねないところだが、メディアやテクノロジーに依存した思考様式やコミュニケーションのあり方に対する問題提起と結びつけることで凡庸さを免れている。

「ネットの自由を奪う」という表現に関しては、かなりミスリーディングだと思う。ネット自体は自由でも不自由でもない。自由か不自由かはネットを利用する人間の側の問題であるし、今更ネット/リアルと分割する発想にも実効性はないように思う。ネット込みのリアルが所与だろう。その意味では、「ネットを使う人間の自由を奪う」という表現の方がこの企画にはふさわしいと言えるだろう。もう少し言えば、そもそも恋愛なるものが、人間の行き過ぎた自由や万能感を奪う適度な距離そのものとして機能する毒であり病であることを訴えようとする企画だと解釈できるだろう。この企画には適度な距離感を喪失し、恋愛すらできなくなってしまった現代日本人への痛烈な皮肉が籠められているのかもしれない。