Real Family

Ink-Keeper's Apprentice

Ink-Keeper's Apprentice

キヨイの心配が的中した。9月のある日曜日の朝、先生(野呂新平)が血相を変えて、キヨイのアパートに飛んできた。時田がデモで重傷を負った。肋骨二本と片足を骨折し、脳震盪を起こし、病院に運ばれたというのだ。二人はタクシーで病院に駆けつけた。命に別状はなかった。絵筆を握れなくなる心配もなかった。時田は病室のベッドの上で、右足を吊られ、頭から顔の半分にかけて包帯を巻かれて、煙草を吸っていた。まるで、あのゴッホのように、、。


Selbstporträt mit abgeschnittenem Ohr*1

第17章では、時田を心底いたわる先生とキヨイの様子が、いつもながら、簡潔な科白の積み重ねによって、活写される。三人はまるで本物の家族のように描かれる。病室を去るとき、キヨイは思わず時田に「明日また来るよ、兄さん(Nisan)」と呼びかける。

それは(日本では)歳上の兄弟に対する呼称だ。それまで僕は時田を、そして他の誰かをそう呼んだことはなかった。思わずそう呼んでしまったことが嬉しかった。(三上訳、p.131)