カレーの香りの立つ雑誌




久しぶりに木多郎で、牡蠣のスープカレーを食した。美味かった。沖家室島の松本昭司さんにも食わせたいと思っている。その木多郎で、ふと目にとまった雑誌「男の隠れ家」の特集「私を揺さぶる『時代』を振り返る------昭和時間を旅する」に惹かれて頁をぱらぱらと捲っていた。「山手線沿線“闇市酒場”飲み食い歩記」と題した記事では、新宿、池袋、渋谷、上野、有楽町、そして「番外編」として大阪の難波、鶴橋などで今でも闇市の面影を残す店がいくつも紹介されていた。行ってみたい店ばかりだった。また「男の書斎」という連載記事で、吉増剛造さんと菊地成孔さんの「書斎」が取りあげられていた。ああ、懐かしい、と言っては失礼に当たるかもしれないが、久しぶりにこんなところで二人に出会うとは、とちょっと感激した。吉増剛造さんの書斎は畳の部屋で、ちゃぶ台のような小さなライティング・ビューローが印象的だった。「詩作は畳に正座して書く」という吉増剛造さんは「地面の近くで蹲る姿勢が本質的に体の中に居座っちゃってる」とか「赤ん坊の時に、ハイハイした畳の感触が終生残っているんでしょう」などと何気なく身体の記憶の底に触れる話をしていた。なるほどなあ。菊地成孔さんには案の定「書斎」という概念がなく、トイレやお風呂が書斎代わりだったりして、その極めて身体的、生理的な時間における「カタルシス」について語るところが菊地さんらしくて愉快だった。詩人と音楽家の感性とライフスタイルと自己表現の違いが表われていてとても興味深い記事だった。実は、この「男の隠れ家」という雑誌は今私の部屋にある。処分するとき譲ってくれない? と店主に話したら、もう古いから持ってっていいよ、とその場で譲ってくれたのだった。2009年12月号だから、4、5か月かけて木多郎のスープカレーの各種スパイスの香りをたっぷり吸い込んだ貴重な一冊である。今も動かすと香りが立つ。カレーの香りの立つ雑誌。悪くない。マスター、ありがとう。大切にするよ。