検索性能と情報の質:一般向け植物ガイドブックの標準について

先日、新聞広告に惹かれ期待もしてある薬用植物に関するガイドブック、一種の図鑑をネットで購入しました。写真が多数掲載され興味深い情報も散見されはしましたが、残念ながら、薬用植物に関するガイドブックとしては少なくとも私にとってはほとんど実際には役には立たないことが分かって、がっかりしました。毎日のようにお世話になっている無料のウェブサイト『イー薬草・ドット・コム』「薬用植物一覧表」の方が薬用植物に関するガイドとしては実際に役に立つことを改めて実感する結果にもなりました。私の個人的な落胆はさておき、これをよい機会に、ある分野における専門的な知識や情報を一般向けに伝えるガイドブックあるいは図鑑の将来のために、そのガイドブックを教材にして、私の考えを少し整理しておきたいと思います。ポイントは<検索性能>と<情報の質>という二点です。

身近な植物の名前、さらには薬効までが知れると宣伝されたそのガイドブックは、まず第一に、名前を知らなければ引く(検索する)ことができないという旧式の植物図鑑の構成を踏襲しています。素人が植物を調べようとしてぶつかる最初で最大の困難は、そもそもその植物の名前が分からないという点に原因があります。ところがその本もそうであるように、往々にして専門家だけで作る図鑑やガイドブックでは、一般向けと称しながら、実は専門家のように名前を知っていることが前提にされていて、素人にとっては名前を知らなければ名前すら調べられないという驚くべき落とし穴が控えています。つまり、そのような素人にとっての最初で最大の困難を軽減、解消するための検索の工夫に欠けているのです。専門的な分類に基づいて植物を並べただけでは、素人にとっては検索のしようがありません。極端な場合はすべてを見るしかない。私のような暇人でなければ、そんなことはしていられません。

第二に、「薬用」と銘打ったガイドブックにしては、その薬用に関する記載はいたって簡単で、その本で取り上げられている植物を実際に薬として用いるために必要十分な具体的な情報、知識は得られません。私にはそれが一番ショックでした。その本では一般向けであるが故に「簡単」であることをモットーとすると謳われていますが、それは根本的な誤謬であるように思われます。調べ易さという意味での簡単さなら理解できますが、それについては既に述べたように簡単とは言えず、薬用という実用的な知識そのものが具体的知識の省略という意味で簡単であってはならないはずだからです。「詳しい」ことは専門の薬草図鑑を調べるよう明記されているとはいえ、それでは「ガイド」とは言えないだろうというのが私の正直な感想です。実は、私はその本は少なくとも薬効に基づいた分類によって調べる(検索する)こともできるガイドブックであり(それだけでも、検索性能と情報の質は格段に上がるはずです)、とにかく実用的であり、また私の想像を越える検索の工夫も凝らされたガイドブックであるに違いないことを当然のように期待していたのです。期待した私が馬鹿だった?

というのも、私の見るところ、最近は、本でもウェブサイトでも、写真を活用して、花に関しては色や開花季節や花弁の数など、樹木に関しては葉の形や冬芽や樹皮の特徴などに基づいた複数の分類体系をクロスさせて、素人でも知りたい植物の名前と特徴などを知ることのできる検索上の工夫が様々に凝らされているという意味での調べ易さが「ガイド」としての標準になっているからです。もちろん、それらは専門的な分類体系を無視あるいは軽視するものでなく、関心による<対象>の複雑さに見合った形で複数の分類体系が緩やかに重ねられるわけです。植物に関する情報環境としては、名前を知らない植物の名前に到達する最初で最大の困難がかなり軽減されたと言えます。ですから、現在、一般向けといえども、「薬用植物」の「ガイド」という名に値するためには、私が勝手に期待したような検索上の工夫と連関した情報の質の向上が求められて当然ではないでしょうか。思うに、専門家向けなら「簡単」で済む話も、一般向けだからこそ「詳しく」なければならないのです。