カラス余話


ひと月以上も佐々木さんに会わなかった。腰の調子が悪いのかなあ、まさかなあ、などとちょっと心配していたが、先日苅谷さんから佐々木さんはカラスを避けて原生林に面した道は歩かないようにしているようだと聞いてひと安心していた。その苅谷さんは三つ目のペースメーカーを植え込む手術を間近に控えている。先日久しぶりに会った米田さんもカラスに完全にマークされているから、その道を歩かないようにしていると言っていた。米田さんによれば、今年は雛の巣立ちが例年にくらべ3〜4週間も遅れていて、まだ警戒態勢が解かれていないらしい。その道を私は毎朝歩きつづけている。若いカラスが近くの樹上で威嚇するようにヒステリックに鳴く声に慣れてしまった。そのカラスもさすがに私を見馴れたからか、あれ以来襲って来たことはない。今朝もその道を歩いているとき、直交する道をこちらに向かって歩いてくる佐々木さんをみとめた。あっ、と思って立ち止まった瞬間に佐々木さんは手を振ってよこした。私も手を振り返した。私は歩を緩めたまま空地や道端の植物の写真を撮りながら、佐々木さんがてっきりこちらまでやってくるものと思い込んで待っていた。ところが佐々木さんはやってこなかった。わずか数十秒撮影に夢中になっている間に、佐々木さんは一本手前の横道に入ったようだった。佐々木さんはまだその道を避けているのだった。話ができなかったのは残念だったが、歩く姿をこの目で見て安心した。