simpleAの会社論、ついでに書体

金城さんがsimpleAで公開した、合同会社設立の体験も踏まえた一連の「会社論」を読みながら、これは紛れもなく人生論であると感じていた。

最後のエントリで金城さんは、会社経営のいろはとして、マネジメントとディレクションという二本柱について分かりやすく解説した後、経営者のインテリジェンスというか「器」の問題に触れているところが特に興味深かった。それは会社経営とは正に人生経営のことだと気づかせてくれた。どんな人にとっても、自分のなかにマネージャー(現状処理屋)とディレクター(将来展望屋)という二役をちゃんと共存させてうまく働かせること(インテリジェンス)は人生の基本だと思うからだ。もちろん、それを自覚的にこなすことは容易なことではないけど。

simpleAの「会社論」から私が勝手に読み取ったことを整理するとだいだい次のようになる。金城さんのあくまで「ビジネス」という文脈からは外れるけど。

自分で会社を作る/作らない(すでにある会社に勤める)に関わらず、今の社会で生きて行くということは、たいていの場合に何らかの形で会社というものに関わることである以上、どんな関わり方をするかを決めるためにも、会社の本質を見極めておくことは大事なことである。

その意味では、simpleAの「会社論」は、実はすでに会社を経営している人やこれから会社を作ろうしている人のみならず、すでにある会社に所属しながら、その所属の意味と所属している会社の意味をはっきりと認識できずにいる人にとっても役に立つ内容になっている。

そして、結局のところ、金城さんのようにして会社を作ることが、実は今の世の中で一番会社というものに依存しない自由な生き方を選び、追求することになる。つまり、simpleAの「会社論」は、会社「に無闇に従属しない人生」論になっているわけだ。それを実践できるかどうかは全く別問題だけど。

最後に、そうは言っても会社は社会のすべてを尽くすわけではないと思うし、どこかで会社という存在のうさん臭さを拭い切れない私は、社会全体の非会社的部分にこそ人生の色々な可能性を見つけようとしている節があることに気づかされた。好むと好まざるとに関わらず会社を知り通さないと足許掬われますよ、という声が聞こえてきそうだが。

それにしても、会社の社会制度的本質をはじめとして、実はみんなが当たり前のこととして鵜呑みにしている現実の制度的なるものを身近なところから次々とその素性(モデル)を暴いて行く金城さんのお手並みはこれからも注目。

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ところで、以前から気になっていたsimpleAのロゴタイプの書体は、特に大文字の「A」にその特徴が顕著に見られるように、平筆のストロークの痕跡を活かした、かつしっかりした「足」(ブラケットセリフ)を持つローマン体のCochin(コシャン, 1913)である。

Cochin(コシャン, 1913)は、フランスのジョルジュ・ペイニョ(Georges Peignot, 1872-1914)がパリの自分の活字工房Deberny & Peignotのために設計した書体である。書体名は18世紀のフランスの銅板画家ニコラ・コシャン(Nicolas Cochin, 1715–1790)にちなんでつけられたという。書体の構成はかなり複雑で、歴史上は「ネオルネサンスの動向(Neorenaissance movement)」のなかに位置づけられる。

とにかく、「土台がしっかりしていて、ちょっと癖がある」書体である。もう少し言えば、フランス風エスプリの効いた書体であるとも言える。決して単純という意味でシンプルな書体ではない:)。面白い。