思想

足に翼を

Michel Serres, Les cinq sens, Bernard Grasset, Paris, 1985 かつてフランスの哲学者ミシェル・セールは、歴史的証拠と自身の体験にもとづいて、日に十万歩は歩かなければ、人間は自分の肉体について本当には何も知らないままだと主張し、背中に大きな翼を…

声と波

Meredith Monk - Lost Wind from Volcano Songs (1997) もし世界の声が聴こえたら―言葉と身体の想像力 世界にも声がある−−−メレディス・モンクの不思議な野生の呼び声を聴くたびに私はそんな感じを抱いてきた。もし世界を聴きとる特異な耳が私にあったなら音…

スペインから届いたマンガ『チェルノブイリ』

チェルノブイリ??家族の帰る場所 原著 Ediciones Glénat スペインの二人のアーティスト、フランチェスコ・サンチェス(Francisco Sánchez)とナターシャ・ブストス(Natacha Bustos)によるマンガ『チェルノブイリ』(Chernóbil. La Zone, 2011)が管啓次郎…

太陽

太陽が見せてくれる気まぐれな光景というより「影」に過ぎないような世界に振り回されているような気がして、時々太陽に逆いたくなる。太陽そのものを見返してやりたくなる。でも、まともには見られない。目の前にかざした掌の指の隙間や縁からあの「光の狩…

樹木のイメージ:竹村真一『宇宙樹』

宇宙樹 最高気温はプラスになっても、最低気温は氷点下の日が続く札幌では、根方が根雪に埋まった木々はまだ冬の眠りに就いているように見える。だが、濡れたように光る冬芽を見るとハッとして、木々は僅かに残った水分を枝先に集め、春に向けて着々と準備し…

ガジュマルの廻廊:石牟礼道子『常世の樹』

常世の樹 天草上島栖本のアコウの樹、五島福江島の椿、福岡県英彦山(ひこさん)の杉、鹿児島県大口市の桜、熊本県五箇荘葉木の樅の木、熊本県阿蘇俵山のカゴノキ(鹿の子木)、大分県檜原山の千本かつら、大分県高塚の公孫樹(いちょう)、鹿児島県蒲生の樟…

「花を奉る 石牟礼道子の世界」を見て

一昨日の夜、NHKの特集番組「花を奉る 石牟礼道子の世界」を見た。昭和2(1927)年3月11日生まれの石牟礼道子さんは、昨年の東日本大震災の当日84歳を迎え、今年で85歳になる。原発問題にも通底する水俣病問題の解明に全身全霊を捧げ続けてこられた石牟礼道…

北のなかの南へ

asin:4582702694 仰ぎ見ていた人物や大切にしていた愛の対象の没年が、自分よりもうはるか下方にあると気づいたときの、なんともいえないもどかしさと困惑、こちらの加齢によっていやおうなく年下になった元年上の才能と向きあおうとすると、私たちはたいて…

日々の巡礼

歩くことはささやかな抵抗であり祈りである。歩くことを脅かすものすべてに抵抗する祈り。 asin:4062881071 『野生哲学』第一章後半で、ジョゼフ・ラエル(Joseph Rael, b. 1935)が『存在と振動』(Being & Vibration, Council Oak Book, 1993)で綴った、…

歩行をめぐる問い

asin:4757150784 歩く、近づく、見えてくる。わたしたちの日常にあるごくふつうの経験だが、三つの行動のあいだには、距離と視覚そして記憶という、歩行をめぐる問いが横たわっている。アルベルト・ジャコメッティが残した彫刻、特にその立像はわたしたちに…

匂いのない光景の消息

asin:4620319562 文化勲章をのうのうと受賞するような詩人を敵視し、CMに使われるような詩は詩として認めないと公言してはばからない辺見庸の詩文集『生首』の最後の詩に「雲脂(ふけ)」が出てきて、軽い衝撃を受けた。花や蛍の詩はありふれているが、フケ…

The Tuning of the World

asin:4582765750 先日、レーモン・ルーセル『アフリカの印象』のなかの木霊をめぐる詩的な挿話に触れた際、『アフリカの印象』全体から「恐ろしいほど静かな印象」を受けたと記したが、その理由はよく分からなかった。今日、それは「風が吹いていない」から…

情報化社会の黙示録

おのずから変わっていく以上に世界をかえることはできない、という。いくたびこのことばをなぞったろう。おのずから変わっていく以上に世界をかえることはできないはずなのに、世界はしきりに自走し、しきりに暴走しつづけている。制止はもうできない。 辺見…

終わりのない問いのなかに生きる

在日一世 在日一世とは、朝鮮半島に生まれ、日本の朝鮮統治化(日韓併合)により、戦前・戦中に徴用、徴兵、強制連行、そして自主的に、または苦学のために渡日した韓国・朝鮮人で、いまなお日本で暮らしている人のことをいう。 この一世と出会う旅を終え、…

映画のための物語のための映画の物語

『続続・辻征夫詩集』現代思潮社、80頁 辻征夫に「バートルビ」と題した散文作品がある。メルヴィルの小説『代書人バートルビー』にちなんだ話である。ブランショやデリダやドゥルーズやアガンベンの哲学的分析より面白い。 ある時「ぼく」は知り合いの映画…

検索不可能性と沈黙

港千尋「検索不可能性」、『現代思想 2011年1月号』 写真家の港千尋はグーグルのような検索産業が実現したものは、畢竟、検索可能なものを検索する「パズル」のようなものにすぎないと喝破した。もちろん、それは人間の知的活動のかなり深い一面、つまり生き…

この世の誰も知らない花

かつて詩人の辻征夫(つじゆきお、1939年–2000年)は「キリンナツバナ」という名の「この世の誰も知らない」花を同名の詩に詠った。 おれはおれでなっとくするまで 眺めているともいえないキリンナツバナ この世の誰も知らないキリンナツバナ 辻征夫「キリン…

問いの島、無人島

たしかに、不信が渦巻き、大きく揺れ動く世界のなかで、一体信じられるものは何か、どこにあるのかと、手探りしながら問い続けるしかない。皆そんな「問いの島」に生きている。でも、いまここで信を見失っている者たちは、問いの方向を見誤って、自他を巻き…

歩道橋の上のアジール

和賀正樹著『大道商人のアジア』の本編でマレーシアの「犬売り」を商売にする劉玉東さん(2002年当時67歳)を紹介するページの下段の注に並んで「盲人の菓子売り」と題した小さな写真が掲載されている。 和賀正樹著『大道商人のアジア』160頁 大道商人のアジ…

内なるサバルタン:李静和の政治思想

つぶやきの政治思想―求められるまなざし・かなしみへの、そして秘められたものへの作者: 李静和出版社/メーカー: 青土社発売日: 1998/12メディア: 単行本 クリック: 6回この商品を含むブログ (15件) を見る 求めの政治学―言葉・這い舞う島作者: 李静和出版社…

白いお米の記憶に故郷が

ソウル―ベルリン 玉突き書簡―境界線上の対話作者: 徐京植,多和田葉子出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2008/04/16メディア: 単行本 クリック: 4回この商品を含むブログ (11件) を見る 生い立ちが違えば、同じ言葉に背負わされた意味も違ってくる。例えば、…

村山敏勝さんの墓のようなはてなダイアリー

残傷の音―「アジア・政治・アート」の未来へ作者: 李静和出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2009/06/03メディア: 単行本 クリック: 10回この商品を含むブログ (7件) を見る 李静和さんがしきりに「村山敏勝」という死者の名前を出していて、気にかかっていた…

舌読

職業柄、電子ブックを積極的に読んでいるブックデザイナーの桂川潤が面白いことを書いている。 感想といえば……とにかく疲れる。ページ移動の基本はスクロールだ。指で繰らずにスイッチを使っても、ページはやはりスクロールされてしまう。これが数ページ続く…

日本国民とは何か

時代錯誤の老人のつぶやきから

七年ほど前に、金石範は辺見庸の政治的メッセージが小説ではないのに政治を超えた「文学」たりえている所以は、身をもって世界と関係することを通してつくられた「文体」にこそあるとして、次のように語った。 抵抗論 (講談社文庫)作者: 辺見庸出版社/メーカ…

北海道浦河町のアジール

JR浦河駅 先日、襟裳岬を訪ねた際に、浦河町を通り過ぎた。浦河駅のひなびた駅舎が視界に入ってきたとき、ここが現代のアジールと呼ぶにふさわしい町かという思いが脳裏を掠めた。 自由こそ治療だ―イタリア精神病院解体のレポート作者: ジルシュミット,Sil…

身体の消息

アジア的身体 (平凡社ライブラリー)作者: 梁石日出版社/メーカー: 平凡社発売日: 1999/01/01メディア: 新書購入: 1人 この商品を含むブログを見る異邦の身体作者: アルフォンソ・リンギス,松本潤一郎,笹田恭史,杉本隆久出版社/メーカー: 河出書房新社発売日:…

鏡の国の

室蘭民報(朝刊)2010年8月21日 室蘭の実家から戻った女房が、ほら、と言って折り畳まれた新聞の切り抜きをハンドバックから取り出して食卓の上に置いた。辺見庸からの〈返信〉が遠回りして届いた気がした。 死刑執行(2010年07月28日 ) それはきしくも私の…

権力の囁き:公開という名の隠蔽

朝日新聞(夕刊)2010年8月27日 合法化された国家による組織的かつシステマティックな人殺しである死刑の刑場が肝心の〈現場〉を巧妙に回避した形で報道機関に公開された。薄気味悪さだけが残る記事だった。名を伏せられた法務省の担当幹部の指示によって、…

沈黙のために

死のために生き、沈黙のために語りつづけることは矛盾ではない。 私たちにとって沈黙を解釈しようとしても無駄である。沈黙は私たちの言葉になり得ない。六千年間、人々は各人なりのたいへんな忠実さで、沈黙を翻訳してきた。にもかかわらず、沈黙は内容の分…