コミュニケーション・チャンス

もちろん明らかにそれと分かるような言葉や記号のやりとりだけがコミュニケーションではありません。それはブログ上に限った話ではありませんが。誰にどう届くか分からない言葉、当人が明確なメッセージを籠めたわけではないかもしれない言葉が、例えば私にとってはひとつの明確なメッセージとして届くということがあります。

先日私はある距離感を意識しながら、金儲けのことしか念頭にない人の語るビジネスを悪いかのように書きました。ちょっと違うんじゃない、という反応を期待しながら。何かを主張するために、それに説得力を持たせようとして、対比される悪役を引き合いに出すというのはありふれた語り方です。しかも本当はあんまりフェアじゃない。というのも、そういう場合の悪役はたいてい矮小化されているからです。経験的にそう言い切れるような気がしています。そうは言っても、分かりやすさを優先すると、ついついそんな語り方を選んでしまいます。

実は今日大学の方に私宛にある翻訳本が届けられました。


あなたがあたえる 大富豪ピンダーの夢をかなえる5つの秘密

矢野信一郎さんによる素敵なイラスト画が表紙を飾る本でした。そしてその帯にはこうありました。

誤解しないでほしいが、金儲けは悪いことじゃない。

ハッとしました。なんというタイミングだろうと心が震えました。早速目を通して、眼からウロコが五枚落ち、膝を五回叩きました。私が日々うすうすと感じていながら、なかなか実践できずにいることがとても分かりやすく、寓話的に語られていました。しかもそれはウェブ、ブログの世界で広がっている「ギフト・エコノミー」と名づけられた「現象」の本質を伝えるという明確な目的を持って書かれた本でした。

話はこれで終わりではありません。なんと、金城さん(id:simpleA)が同じようにその本を送られていて、早速ブログにエントリーをアップしていたではありませんか。もちろん彼一流の「ネットワーク」スタンスと文体で。

「三上さん、この本に書かれていることが、ひとつの応答だよーん」という声が聴こえるような気がしました。

そんな「気がした」時点で、ひとつのコミュニケーションが立派に成立しているわけですね。この私が成立していると感じれば成立しているんです、念のため。面白いですね。逆に、そんなコミュニケーションの成立のチャンスを見逃していることも多いんだろうなあ、とも思いますが。