『冬のエフェメラル』から『雪華圖説』へ

マジシャン(magician)、いや、マセマティシャン(mathematician)の山内さん(同僚の数学者)が、入学式終了後に、「三上先生、スプリング・エフェメラルならぬ、ウインター・エフェメラルご存知ですか?」と悪戯っぽい目を一瞬光らせて声をかけてきた。「え? 何? 冬の儚い命?」「そうです、雪、雪の結晶のことです。いい本があるんですが、ご覧になりませんか?」「ヘー、そうなの。それは是非!」彼はまるで本物の魔術師のように鞄の中から「ウインター・エフェメラル」を取り出してみせた...。

というわけで、今私の手許には、小林禎作『雪の結晶ー冬のエフェメラル』がある。


雪の結晶ー冬のエフェメラル (1983年)


 本書4頁〜5頁

雪の魅力の秘密は、地上に落ちた瞬間に壊れてしまう雪の結晶の脆さ、儚さにあるのだと再認識させられた。この本にもっと早く出会っていれば、冬の過ごし方、雪との付き合い方が、もっとずっと深まったに違いないと思った。

小林禎作(1925–1987)は生涯を雪の結晶の研究に捧げた人である。あの「雪は天からの手紙」という有名な言葉を遺した世界的な物理学者中谷宇吉郎(1900–1962)の弟子筋にあたる。本書は「”雪の結晶”観察図鑑」と銘打たれているが、300枚を超える雪の結晶の写真集、雪の結晶の研究略史、雪の結晶を観察するための手引書、さらに雪のデザイン書をも兼ねている。

最終節では、日本の伝統的なデザインの観点から、室町時代に生まれた「雪輪」*1文様をはじめ、江戸時代の土井利位(1789–1848)による『雪華図説』以来の雪の結晶の図案化の事例も簡潔に紹介されているが、実は『雪華図説』は日本における雪の結晶の研究の「忘れられた前史」とでもいうべき文脈に位置づけられるべきであるという見方もあるようで、実際に中谷宇吉郎も小林禎作も『雪華図説』に関する論文を書いているほどである。詳しくはこちらで。

また、『雪華図説』正・続の復刻版画像がこちらで公開されている。


なお、旭川市にある雪の美術館には小林禎作の研究資料のすべてが保管され、小林禎作が同僚らと20年以上の歳月をかけて,大雪山の天女ヶ原に設けた雪洞にこもり撮影した6000枚の雪の結晶の顕微鏡写真も展示されていることを知った。いつか見に行かなければ。


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こうして私は山内さんという魔術師のような数学者によって、以前は『塵劫記』に、そしてこの度は『雪華圖説』に、という具合に江戸時代の英知に導かれたことにもなる。

*1:「雪輪」は、雪の結晶ではなく、丸いぼたん雪を図案化したもの。