綿襟巻き

昨日、日中の最高気温が摂氏2度くらいまであがり、雪はだいぶ解けた。そして夜半から今朝にかけてまた少し降った。

藻岩山は広範囲に白くなった。なぜか撮った6枚すべてがこんなふうにピンぼけだった。

綿帽子ならぬ、綿襟巻き。

初めて、電信柱を真下から見上げた。美しくはないが、新鮮な視角だった。

過去は変えられる




過去の事実からなる世界は不動の固定した記憶ではなく、事実を表す言葉の組み替えや新たな言葉とのつながりによって、いつでも解釈し直され、書き換えられる可変的な記憶である。私がこれまで勧めてきた、日々の体験の記録と追体験の意義は過去の事実からなる世界の記憶を絶えず更新することによってのみ、可能性としての未来が拓けるのだということを身を以て知ることにあった。過去と真摯に向き合うことによってしか、未来は拓けない。事実からなる世界の記憶は言葉による追体験を介して可能性へと開かれる。

I'M MOVING ON


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26年前1980年の12月8日、ジョン・レノンが射殺された。その日の夜、アルバイト先の学習塾に、いつもカジュアルな服装で通していたIが珍しくジャケット姿で現れた。しかも黒ネクタイをしていた。ちょっと驚いて尋ねた私に彼は、しばらく喪に服す、とだけあっさりと答えた。

Iとはいっしょに同人誌をやっていた仲だった。彼はロックの歴史、パティ・スミスやジョニー・ミッチェルの歌詞と人生について書いたりしていた。私は小林秀雄中原中也について書いたりしていた。他の二人のメンバーとともに、「ソクラテス広場」と称して、札幌三越前歩行者天国になったスクランブル交差点のど真ん中を陣取って、詩の朗読会を催したこともあった。ガリ版刷りの、でもかなり凝った造りの『YOU』はたしか8号まで続いた。私以外のメンバーはみな大学卒業と同時に東京に行った。

ジョン・レノンの射殺事件の詳細については、Iから聞いた。前後の脈絡抜きに今でもよく覚えているのは、オノ・ヨーコがその事件に際して残した、彼(犯人)はジョンを愛していた、という意味内容の言葉だった。ジョン・レノンが殺された事実以上に、最愛の人を失ったオノ・ヨーコが犯人への憎しみや怒りをぶちまけるどころか、犯人の愛について語ったことの尋常でなさ、凄さに驚いた。にわかには信じられない言葉だった。しかし、じわりじわりと、その言葉の重たい深い意味が身にしみてくるようだった。オノ・ヨーコの言葉によって、ジョン・レノンの死は、奇蹟のように救われたのだと思った。オノ・ヨーコは渾身の力を振り絞って、連鎖を断ち切ったのだと思った。

その年に発売されたLPアルバム『DOUBLE FANTASY A Heart Play By John Lennon & Yoko Ono』をその後何度も聴いた。今10年以上ぶりにそのLPを聴いている。"I'M MOVING ON"はA面5曲目のタイトル。