記録する人生と記録される人生:365Films by Jonas Mekas

ジョナス・メカスによる365日映画、51日目。


Day 51: Jonas Mekas

Tuesday February. 20th, 2007
6 min

The season's first
snow in New York.
I buy a newspaper.

初雪の
ニューヨーク。
新聞を買う。


グリーンポイントの自宅アパートを出て、毛糸の帽子をすっぽりと被ったメカスは雪の上を歩く。冷たそうな風の音。近所のドラッグストアの扉を開け、中に入る。カメラは胸の高さに手で支えているのだろう。いつも以上に動作につれて揺れ動く。ニューヨーク・タイムズとデイリー・ニューズ他タブロイド紙数紙をカウンターに持って行く。ラジオかテレビのスペイン語の音声が聞こえる。顔なじみのはずの店主はカメラを見て、逃げるように一瞬フレームから外れるがまた戻って来る。撮ってるよ(Picture!)。店主はニコニコしながら、新聞を黒っぽい買い物袋に入れる。"Thank you, friend."というスペイン語訛りのさりげない店主の高い声になぜか心が動く。

店を出て、来た道をアパートまで引き返すメカス。カメラの揺れは小刻みにいよいよ激しくなり、ピンぼけにもなる。脳で処理される以前の「裸の」視覚。アパートの入り口に辿り着いて、カメラの動きは比較的安定する。カメラは木の枝にひっかかって風に踊る千切れた袋、高架道下の人気のない通り、ゴミ缶の列、ゴミ袋をとらえる。28日目のフィルムにも写っていた。

初雪が降り凍える朝の買い物。日本のように宅配制度のないアメリカでは、新聞はドラッグストアや街角に設置されたボックスなどで買う。アメリカ滞在中、私も毎朝カメラを持って散歩がてら新聞を買いに行ったことを思い出す。無料のパロアルト・デイリー、たしか1ドル50セントのサンフランシスコ・クロニクルサンノゼ・マーキュリー・ニューズ、たまにたしか2ドルのウォール・ストリート・ジャーナルかニューヨーク・タイムズロサンジェルス・タイムズを買った。

このわずか10分にも満たないある冬の朝の記録は、いわゆる「ライフログ」とは違う。それは例えばマイクロソフト社の研究の一環であるこのゴードン・ベルさんの人生の記録とは根本的に異質である。ゴードン・ベルさんは人生を記録されているだけで、メカスのように自ら記録していない。メカスの記録にあって、「ライフログ」一般に欠けているものは、「生きた視点」、「人生の主体」であり、「記憶の核」である。ゴードンさんが実験台になって記録されるデータはゴードンさんの人生にとってなくてはならないものではない。しかし、メカスの今日のフィルムの記録はメカスの人生にとって掛け替えのないものである。