情報文化論2007 第9回 巡礼とアルタ・オルビス(別世界)

今回は十字軍の遠征からルネサンス前夜まで、11世紀から14世紀までが主な舞台です。いわゆる中世です。例によって、ポイントを二つ、にぎゅっと絞り込みます。いわゆる「ヨーロッパ」とは何なのか、をめぐって、ヨーロッパの形成過程を外側と内側とから挟み撃ちします。外側というのは、イスラムをいわば鏡として、イスラム的なるものとの関係において、その差異において己をヨーロッパとして自覚するにいたるヨーロッパの姿を見るということです。そして後にヨーロッパがいわば自分で作り出すことになる鏡とでもいうべき「アメリカ」の意味についても触れる予定です。内側というのは、ヨーロッパ的な知的情報的動向の主な特徴を見るということですが、実はそれが、ヨーロッパに特殊なことではなく、東アジアでも同様の動向が同期的に進行していたことをも併せて見ることになります。人類史に入ってからは、やはり外部記録の量が幾何級数的に増加するということもあって、興味深いトピックは尽きないのですが、それらについては、年表と各種資料に譲ります。ちゃんと目を通しておいてくださいね。

タイトルに使った「巡礼」と「別世界」については、今回の講義内容にも深く関わるトピックとテーマなのですが、巡礼は今日でも色々な形で行われていますし*1、別世界、新世界、あるいはあの世に関する構想や想像も、程度の差こそあれ、私達に馴染みのあることです。特に、今回触れるヨーロッパにおけるイギリスの独特の振る舞いは、自分が置かれた現実の認識から出発して未来を戦略的に思い描く興味深い例です。

講義の骨子です。リンク先に飛んで、遊んでください。

ヨーロッパとは何か
1.1コムーネ
1.2ラテン化
1.3『ローマ法大全』「コモン・ロー」
1.4十字軍ラテン王国
1.5終末観巡礼ブーム
1.6ラテン・キリスト教世界
1.7スコラ哲学の本質
1.8イギリスの位置
1.9アメリカの意味


2東西の情報文化的同期
2.1終末論の歴史:ゾロアスター教
2.2歌と音楽の記録:記譜法楽譜
2.3遍歴民物語
2.4スコラ哲学儒学
2.5イスラムとヨーロッパをつないだ地中海ユダヤ人:マイモニデスアブラハム・イブン・エズラ
2.6大学の設立
2.7ゴシック建築オルガヌム
2.8ジェノヴァ複式簿記フィレンツェ公証人
2.9神曲トレチェント

*1:四国八十八ヶ所巡りのことを知っていますか。今でも多くの人が空海さん縁(ゆかり)の寺々を思い思いに巡っています。また中世には末法思想の流行を背景にして熊野詣が流行しました。天皇、貴族から庶民、病人までがこぞって那智滝熊野三山を目指し巡礼したのです。熊野とは紀州紀伊半島南部、和歌山県熊野川流域の熊野三山を中心とする地域で、熊野古道を含む紀伊山地霊場と巡礼の道は世界遺産に登録されています。また、熊野、新宮市生まれ育ちの傑出した作家を知っていますか?『火まつり』という映画の原作も書いた日本では異色の作家。昭和三十年代まで実在した「路地」の観念を地球規模にまで拡張して壮大な物語群を精力的に編集した、紡ぎだした作家。答えは「中上健次」です。『十九歳の地図』を手始めに、『地の果て 至上の時』くらいまでを是非読んでみることを勧めます。新宮市では毎年冬に「火祭り」が開催されていて、それは古代の記憶を強烈に再生する祭りで、死ぬまでに一度是非観たいと思っています。ついでに、熊野には「補陀落(ふだらく)渡海」信仰が伝わっていて、これは想像を絶する「捨身往生」というラジカルな巡礼です。事情は中世のヨーロッパでも同じです。十字軍がエルサレムを目指す以前に、終末観に浸された庶民たちはサンティアゴ・デ・コンポステーラを目指して歩いたのです。その雰囲気を味わいたい人はルイス・ブニュエル監督の映画『銀河』を観るといいでしょう。現代の私たちが経験する旅の多くは超コンパクトなパック商品に成り下がっていますが、それでも私たちは旅の中で古(いにしえ)の巡礼の記憶を微かに再生しているのではないかと思います。