cicadas, platanus and too much sun in Avignon:365Films by Jonas Mekas

ジョナス・メカスによる365日映画、9月27日、270日目。


Day 270: Jonas Mekas
hursday, September 27th, 2007
5:41 min.

cicadas
cicadas
Avignon

蝉の声
蝉の声
アヴィニョン

石造りの大きな建物の下半分が見える。その入口の前に人だかりがしている。賑やかな話し声が心地よい音の渦になって届く。そして「ジーーー......」という蝉の声が通底音のように続いている。ゆっくりと見上げるとプラタナスの枝葉が視界に入る。ちょっと左を見るとその太い幹が見える。メカスはプラタナスの巨木の下にいる。葉の間から零れる陽射しは強い。再び、建物前に集う人びとを見る。そしてプラタナスの太い幹の根元をじっと見つめる。

突然、短く区切るような「ジン、ジン、ジン、ジン、......」という鳴き声が大きく聞こえる。メカスは風に揺れるプラタナスを下から見上げている。先ほどの場面では揺れていなかった。時間が経過している。無闇に剪定されていない長く伸びたプラタナスの枝はかなり垂れ下がり、手が届きそうだ。ゆっくりとカメラが下にチルトすると、少し離れたところのテーブルを囲む人びとが映る。やはりプラタナスの木の下である。プラタナスの並木がずっと向こうまで続いているようだ。さらに下にチルトすると直近のテーブルが映る。メカスはそのテーブル席についていることが分かる。メカスのほぼ正面にはサングラスをかけた女性が座っていて、となりのあご髭の男性と話に夢中になっている。真っ白なテーブルクロスの上には白ワインのボトルとたくさんのワイングラスが見える。メカスの前には大きな皿に食べかけのバゲットナチュラル・チーズがのっかっている。

カメラが急に上にチルトする。プラタナスの枝葉が風に揺れている。光が踊る。メカスは露出を少し調節した。「ジン、ジン、ジン、ジン、......」という蝉の声は止まらない。ときどき「ジーーーー」と長く伸びる声が重なる。メカスは誰とも言葉を交わしていない。他の人たちの話し声は蝉の大合唱に掻き消され、フランス語だということ以外ほとんど聴き取れない。メカスはわざと蝉の声をマイクで大きく拾っているようにさえ感じる。どうせ人間たちは碌なことを話していないと見切っているかのように。再び下にチルトして自分の食べかけのパンとチーズが映る。そしてメカスはカメラを自分に向けて、白ワインの入ったグラスを口に運び、一口飲んで、満足げな表情を浮かべる。

メカスは先ほどのサングラスの女性がフレームに入るようにカメラをテーブルの上に置いた。彼女もそれに気づいた。するとプラタナスの蔓のように垂れ下がる長い枝の葉が彼女の頭を掠めながら風に大きく揺れている。彼女は初めて自分がプラタナスの木の下にいることに気づいたかのように見上げる。プラタナスの葉は彼女の頬を撫でるように大きく揺れた。凄い。メカスはそれを狙っていたのか。

カメラはまだテーブルの上に置かれたままだが、彼女の姿はない。向こうのテーブルで会話に興じるグループが見える。蝉の声は小さくなった。ワイングラスを持ち上げたり、ワインボトルをフレームから外れるように移動させたりするメカスの手が映る。会話するメカスと女性の声が断片的に聴こえる。「赤が好きだろう?」「ありがとう。」「……」「光が強すぎて……、サングラスが……」「そうね。明日、パリに発つの?」「明日、……」

最近に限れば、8月24日9月6日9月14日に続く「南仏滞在」シリーズだと思う。サングラスの女性はアニエス・ベーagnes b., 1941-)には見えない。最後にメカスと会話したフランス語訛りの強い英語を話す女性がおそらくアニエス・ベーである。7月9日に登場した時の声と同じであるから間違いないと思う。そしてこれは推測にすぎないが、今日の映像はアニエス・ベー主催のアヴィニョンのどこかの豪邸の大庭園でのパーティーではないかと思う。しかしメカスはそのパーティーそのものには無関心だ。最後の場面を除いては、終始、蝉とプラタナス、そして光とだけ対話している。