メチキチレ族が残した歌の「謎」

今日の朝日新聞朝刊に、以前私が取り上げた同じ朝日新聞の7月12日の記事「文明拒むインディオ、突然現れる」の続報が掲載された。同じ石田博士記者による現地ブラジル北西部コリデルで関係者に取材した報告である。

記事の冒頭にはこうある。

近代文明との接触を50年代に絶ったインディオ(先住民)の一部族、メチキチレ族がアマゾンの熱帯雨林から突然現れ、歌を残して消えた------。ブラジルで今年6月、こんな不思議なニュースが流れた。彼らに何が起きたのか。部族と接触した人びとを訪ねると、開発が森に生きるインディオを追いつめていた。

私は7月の記事に触発されて、ネット上で情報を漁るように探し、メチキチレ族が残したという「二曲の歌」の内のひとつの録音を探し出して何度も聴いたりして、色々と想像した。その際に書いたエントリーは以下の三つである。

今日の記事では、メチキチレ族との仲介役を務めたチュカハマエさん(国立インディオ基金FUNAIの現地責任者)に取材した当時の様子がかなり詳しく報告されている。その中でメチキチレ族が残した歌に関しても興味深い記述が二箇所あった。ひとつは「危険はないと知ったリーダーは歌うような声で仲間を呼んだ。強くたたきつけるような、古語のなまりがあった。」そして二つ目は「チュカハマエさんの前で突然、彼らは歌い始めた。1曲はヒョウの歌だった。ヒョウの歌はカヤポ族では出会いを意味することが多い。『うれしいのだな』と思った。」

ここで私は「2曲目」の記述を期待したが、続きはなかった。7月の記事でも、ネット上の記事でも、メチキチレ族は「二曲の歌」を残して消えたとある。石田記者は二曲目に関する情報を得なかったのだろうか。それとも、もしかしたら、リーダーが仲間を呼ぶ歌のような合図が実は「一曲目の歌」と見なされたのだろうか。メチキチレ族が残した歌の「謎」はまだ解消されていない。