印刷に恋した人たちがいた

今から10年ほど前に「印刷に恋した」人たちがいた。編集者の松田哲夫さんとイラストルポライター内澤旬子さん。


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私は活版印刷の体験をきっかけにして、活版印刷以外の印刷技術についても詳しく知りたいと思っていた。しかしなかなか私の欲求を満たしてくれる文献は見つからなかった。専門的すぎたり断片的すぎたりで読んでもまったくピンと来ないものが多かった。探し方が拙かったのだと後で気づいた。私と同じように印刷に興味を持った先人がきっといるはずで、最初からそういう人の体験記を探せばよかったのだ。そして図書館で関連書を漁っている時に出会うべくして出会ったのがこの本だった。ピンピン来た。「季刊 本とコンピュータ」誌上で1997年から2001年まで四年間続いた印刷現場ルポの連載が元になっている。松田さんの現場体験に基づいた文章と内澤さんの現場を再現する細密でユーモラスな見事なイラストからは現場の空気とともにご両人のワクワク感もよく伝わってきて、私もワクワクしながら読んだ。

松田哲夫さんの人物像はこちらで。

著書『世界屠畜紀行』(解放出版社、2007年1月、asin:4759251332)でも知られるイラストルポライター内澤旬子さんのことは、大分以前にid:yukioinoさんのところで知った。内澤旬子さんはてな日記をやっている。最近「秀英体展示室」のテレビ放映のことを書かれていたので、まだ恋は冷めていないのだなと思った。

備忘録を兼ねて、本書の内容を章題しか載っていない目次を本文の見出しを拾って補い、索引の役にも立つように再構成しておく。括弧内は「季刊 本とコンピュータ」初出年月。

第一章 活版はまだまだ元気だった(1997年8月)
 「活字」の展覧会を見て
 大日本印刷の活版部門
 活字組版の現場見学
 活版が現役である理由
 活輪印刷のコミック誌
 感光性樹脂版という技術
 薬のパッケージ印刷
 「新活版」の時代は来るのか(2001年8月の付記あり)

第二章 あこがれの活版職人になる(1997年10月)
 ぼくが抱いていた「願い」
 いてもたってもいられない気分
 体験取材を申し込む
 ラブレターのような原稿
 活版の現場に入っていく
 見事な活字棚の構造
 自力で拾うよろこび
 活版職人のプライド
 「植字」に挑戦する
 作業台に必要なものをセット
 植字職人の苦労を思う
 校正刷りに赤字を入れる
 活版体験テーマパーク構想

第三章 手動写植機でツメ打ちに挑戦する(1998年1月)
 手動写植が急成長した時代
 手動機の繁栄と衰退
 最後の手動機に向かう
 基本設定をおこなう
 「一寸ノ巾」式配列とは
 音と作業台のよさに魅了される
 平野甲賀さんに見てもらう
 ブライト社を再訪する
 手動と電算の違いについて
 組版文化の伝承について

第四章 最古の写真製版術が生きていた(1998年4月)
 便利堂の色コロタイプ
 巨大な製版カメラ
 塗り込みとレタッチ
 十色刷りという芸術品
 「網点表現」と「諧調表現」
 ガラス版に感光液を引く
 膜面を焼き付ける
 紙、そしてインクのこと
 インキ出しと印刷
 アナログ(諧調)とデジタル(網点)

第五章 オフセットを徹底的に勉強する 製版編(1999年1月)
 原色版、グラビアに水をあける
 「四工程」から「一工程」へ
 絵を描くようにレタッチする
 なぜ網点にするのだろうか?
 ガラス乾板とジンク版
 フィルムとコンタクトスクリーン
 電子製版機・PDIスキャナー
 「フィルムマスク」と「ドットエッチング
 ダイレクト・スキャナーの登場
 お得意さん別「グラデーションカーブ」
 印刷所の独自性はどこに
 職人技はどうなっていくか
 製版は営業のバックアップ
 「手の職人」から「目の職人」へ

第六章 オフセットを徹底的に勉強する 印刷編(1999年4月)
 凸版二平の名物男・吉田さん
 刷版という工程
 焼き付ける前の作業
 焼き付け、そして現像
 水なし版のオフセット
 印刷機械の構造
 校正刷りと本機刷り
 インキの盛りとの調整
 刷り出しのチェックポイント
 デジタル時代のアナログ職人

第七章 装幀に使われる特殊印刷に肉薄する(1999年7月)
 特殊印刷という世界
 箔押しの過去と現在
 仏壇と化粧品のパッケージ
 彫刻版と腐食版
 メタリック箔とピグメント箔
 アナログな箔押し機械
 熱加工のバーコ印刷
 UVクリア・デコレート印刷

第八章 グラビア印刷の規模の大きさに驚く(1999年10月)
 昔のコンベンショナルグラビア
 製版の前工程はオフセットと同じ
 鋼鉄製シリンダーの重量感
 銅メッキを腐食させる「網グラ」
 電子彫刻で彫る「へリオ」
 巨大なグラビア輪転印刷機
 印刷のクオリティと環境保護
 小ロット志向の時代と大量印刷

第九章 オフセット印刷は進化している(2000年1月)
 700線の高精細印刷
 クスミとモアレを解消
 ゴミとPS版・現像液の状態が大敵
 FMスクリーンの網点
 網点が読めなくなる
 フルデジタルのCTP
 CTPと校正刷り
 デジタル化への対応を

第十章 組版文化はどのように継承されたか(2001年1月)
 活字組版から電算写植へ
 電算写植とCTSの違い
 新聞社と印刷所の電算化
 漢字ディスプレイとレイアウト・ディスプレイ
 親しみやすいファンクション
 デジタル化への涙ぐましい努力
 出版社ごとの組版ルール
 アナログのクオリティをデジタルで
 コンピュータ屋さん主導のソフト
 組版文法が連続していない
 電算組版の時代からDTPの時代へ
 大量データのスピード処理
 印刷所なりのDTPの使い方
 日本語組版の品位が失われるのか?(2001年11月の付記あり)

あとがき(2001年11月)

イラストルポができるまで 内澤旬子

本書を読むことによって、私のなかで、印刷技術の歴史における活版印刷DTPとの間の大きな隙間がかなり埋まった気がした。また現在私が当たり前のように使っているプリンターや写真加工ソフトなどには過去の印刷技術のノウハウがかなり活かされていることに気づいた。さらに印刷技術の歴史と近年の書籍電子化の動向とが微かにつながるのを感じずにはいられなかった。