イチョウ(銀杏, Ginkgo, Ginkgo biloba L.)
サフラン公園の奥まったところにある東屋の近くに三本のイチョウの木があり、そのうちの一本に実がなっている。一番低いところになっている実でも2メートルくらいの高さにある。それを見上げてああでもないこうでもないと撮っていた。だめだ、よく撮れない。あきらめて東屋に向かう。先客がいる。礼文島出身の中野のおばあさん。彼女は毎朝、毎夜、そこに一服しにやってくる。彼女の隣に腰掛ける。何撮ってたの? ああ、銀杏。今年は暑さのせいで落ちるのが早いらしいよ。そうかい。彼女は植物にはあまり関心がない。祖父の天売島の写真が頭にあって、天売島に行ったことはあるか聞いた。ないという。礼文島と利尻島の間では人はよく行き来するが、天売島まで行く人はめったにいないらしい。彼女は年齢不詳の猫を二匹飼っている。病気が心配なので外には出さないという。犬はもう飼わないのかい? うん、そんな気にはなれなくて。どんな歌が好きか、聞いてみたかった。カラオケは行く? 行かない。息子はよくいくけど。若い頃好きだった歌ある? 思いがけない質問に戸惑いながらも記憶をたぐりよせる表情になった。あったよ、といったきり、歌手の名前も歌の題名も彼女の口からは出て来なかった。彼女の笑顔を撮るのが私の密かな願いだ。中野さん、写真撮られるの嫌いだよね? ああ、嫌い。こんな婆さん、撮ってどうする。笑顔は素敵だよ。何、馬鹿なこと言ってんだよ。その後、この夏の暑かったことや、そろそろ地デジ用のテレビを買わないといけないことなど、とりとめのないことを話した。風が涼しいねえ、と彼女は何度も言った。まだ、当分、彼女の笑顔を撮ることはできないな、と思った。