たこ八郎(1940–1985)がヴェルレーヌ(Paul Marie Verlaine, 1844–1896)の詩句を呟いたという逸話が伝えられる。はじめてそれを聞いた時、意外ではなかった。むしろ腑に落ちた。
たこ八郎は、元全日本フライ級チャンピオン斉藤清作である。現役時代カッパの清作といわれたこのチャンピオンは、試合中にいきなり腕をだらりと下げ、足も止めて顔を突き出すということをときたまやった。それで相手がここぞとばかりに打って来るのを、ひょいとかわすかというと、かわさない。わざとパンチをあびているのである。ぼくの耳にはまだ、アッ、またやっていますね、いけませんねこんなことをしていては、という、テレビ解説の郡司信夫さんと白井善男さんの声が残っているが、勿論ぼくも郡司さんたちと同意見で、あんなことをしていれば後遺症*1は確実に残るだろうし、耳もちぎれてどこかへ行ってしまうのである。ほぼぼくと同年齢のこのチャンピオンは、二十年たったいま、コメディアンとして健在というか健在ではないというかよくわからない存在の仕方をしているが、先日テレビに出演中に、突如として次の詩句を朗読したそうである。
都に雨の降るごとく
わが心にも涙ふる。
心の底ににじみ入る
この侘しさは何ならむ*2
*
私がこの小文を書いたのは、1985年の1月だが、この年の夏、たこ八郎=斉藤清作氏は真鶴の海岸で急逝した。
ヴェルレーヌの詩句は、ここには鈴木信夫氏の訳になるものを記したが、たこ八郎さんは、どんな言葉で、どんな風に、この詩句を呟いたのだろうか。
友川かずき(1950年秋田生まれ)に、たこ八郎に捧げる歌「彼が居た」がある。
参照