ガンジスの女の青い月


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マルグリット・デュラスの『ガンジスの女』(La Femme du Gange, 1973)の冒頭で女が歌う「ブルー・ムーン」が聞こえてくる場面は素晴らしい。

 旅人だ。
 広場を横切る。
 横切られた広場。
 旅人は川に沿っていく。なにも見ていない。歩む。進んでいく。川の泥の土手に騒がしく鴎が飛び交っている。川の水位はとても低い、海からそれほど離れていないのだろう。海鳴りが聞こえ始める。
 旅人は通り過ぎた。
 旅人は突堤を通っていく。海辺の家の前を通り過ぎる。
 遠くから女の声で、非常に小さく口ずさまれる歌。『ブルー・ムーン』。一九三一年のブルース。
 旅人。まだ歩き続けている。(亀井薫訳、15頁〜16頁)


まだ観ぬ同名の映画(1972年)の中では、ジェラール・ドパルデューが「 ブルー・ ムーン」を口ずさんでいるらしいが、そもそもこの場面にふさわしい歌声は誰のどんな声だろうか、と声の記憶をまさぐっていた。ビリー・ホリデイ(1915–59)の灰汁の強い声ではないな。チェット・ベイカー(1929–88)の「ブルー・ムーン」を聴いてみたかったが、私の知るかぎり彼はこの曲をカバーしなかった。自分でもちょっと意外なことに、物憂く甘ったるい歌声のエルヴィス・プレスリー(1935–77)の「ブルー・ムーン」(1954)がなぜかふさわしく思えてきた。



Blue moon,
You saw me standing alone,
Without a dream in my heart,
Without a love of my own.

Blue moon,
You knew just what I was there for.
You heard me saying a pray for
Someone I really could care for.


Oooo, ooooo, oooooo, ooooooo
Without a love of my own

Blue moon,
You saw me standing alone,
Without a dream in my heart,
Without a love of my own.

Oooooo, oooooo, ooooooo
Without a love of my own

Blue moon...
Bluue, whaaa
Without a love of my own.
Oooooo, ooooooo
mmmmmmm


日本では長らく未公開だったマルグリット・デュラスの映画『ガンジスの女』(1972年)は2009年に初公開されたが、見損なった。


参照