コカ・コーラVS. ペプシコーラ

札幌、小雨。昨日から断続的に降っている。藻岩山は雲に隠れていた(→ Mt. Moiwa, March 15th, 2008)。

空き地にカラフルなペプシの紙コップが捨てられていた。ロゴマークが気になる。たぶん宿敵コカ・コーラ(Coca-Cola, 1919–)が一貫してスクリプト体(筆記風の書体)のロゴマークを打ち続けているのに対抗してペプシコーラPepsi-Cola, 1903–)は一貫してサンセリフのイタリックで攻めている。以前調べて書いたように、こういう商品名のロゴマークに使われる書体も企業制定書体(Corporate Type)の一種で、フォント化されていないので書体名は調べがつかないというか、存在しないことが多い。また、ちょっと調べてみたら、やはりマニアはいるもので、世界中の企業のロゴマークをデータベース化しているサイトが二つあった。ともにロゴ・マークのepsデータがダウンロードできる。しかし、もちろん、使われている書体の情報までは載っていない。


シラカバ(白樺, Japanese White Birch, Betula platyphylla var. japonica)。

原生林の奥の方に周囲から際立って全体が白く見える樹があった。目一杯ズームして撮影した。一斉に芽吹いているようだ。未同定。

タンポポ公園のオニグルミ(鬼胡桃, Japanese Walnut, Juglans mandshurica subsp. sieboldiana)の木の枝でカラスのカップルが肩を寄せ合っていた。

『9.11–8.15 日本心中』と『17歳の風景』

昨日帰宅途中に立ち寄ったCOOPの、まだやっていたVHSビデオの百円圴一のコーナーで、また五本背取りした。松本清張ビデオシリーズの野村芳太郎監督『疑惑』(1957年)と貞永方久監督『球形の荒野』(1950年)、クリント・イーストウッド監督の『バード』(1988年)、フランソワ・トリュフォー作品集Vol.4『柔らかい肌(1964年)/二十歳の恋(1965年)』、パーヴェル・ルンギン監督『ロシアン・ゴッドファーザー』(1996年)。

今日はTSUTAYAをのぞいて、映画の新作、準新作から比較的最近の日本映画を見て周り、一本だけひっかかった。遅ればせながら、若松孝二監督『17歳の風景』(2005年)。クレジットを見たら、針生一郎が出演しているではないか。借りた。大浦信行監督『9.11–8.15 日本心中』(2005年→ 予告編)に出演した針生一郎は非常に印象的だった。たしか若松孝二は『日本心中』を「怒りがあふれた映画だ」と評していた。おそらく、実生活で針生一郎、大浦信行、若松孝二は互いに知り合いで、一定の日本観を共有しているのだろうが、映画となれば、話はあくまで映画の話になる。映画の世界で『9.11–8.15 日本心中』と『17歳の風景』はどんな関係を取り結んでいると言えるのか。観るのが楽しみである。

『9.11–8.15 日本心中』を観て、監督の大浦信行さんにもお会いしたときに書いた生意気なエントリーはこちら。

『17歳の風景 少年は何を見たのか』を観て

このなかなか印象的な題字は「17歳の少年」を演じたと一応は言える柄本佑(えもと たすく、1986年東京生まれ)の手書きである。


針生一郎と「少年」。青梅川駅舎にて。

日本海岸を北上する少年。

日本海岸を北上する少年。

日本海岸を北上する少年。

いい映画だった。監督は岡山から秋田まで「少年」と一緒に走ったのだなあ。それがよく伝わってくる。そしてそれだけで十分すぎるくらいだと思った。針生一郎日本海に一番近い駅、青梅川駅舎で「少年」と心底向き合って時間を共にしていた。柄本佑もまた普通の意味での役者であることを突き抜けて「少年」と一緒に走ったに違いないと感じた。彼は「少年」を演じていない。

この映画に関して監督若松孝二自身はこう語っていた。

眼前の風景といかに対峙するか。それがこの映画なんだ。

岡山で母親をバットで殴り殺した17歳の少年が自転車で逃走し、16日後に秋田で逮捕されるという事件があった。父親ではなく、母親を殺したということにショックを受けて、そんなことをなぜしたのかと考えてみたけれど解らない。親殺しや少年犯罪は80年代から金属バット殺人事件や酒鬼薔薇事件など、似たような事件は起きていて、時代や社会の問題だとは一概には言えないし、最も引っ掛かった、疑問に思ったのは少年はなぜ北に向かったのか。16日間で1300キロ、自転車で一日100キロ近く走るには相当なエネルギーがいるし、北に向かったのは死に場所を探していたのかもしれないが、それが確かな理由なのかどうか。そんな風に考えているうちに、少年と一緒に旅をしたいと思うようになったのがこの映画の始まり。そして、自分達はなぜ、今、ここにいるのかと、目の前の風景と対話する映画を撮ろうと思った。
(公式サイト 監督

誰の中にも「17歳の風景」があり、それは二重の「日本の風景」につながっている。ひとつは針生一郎を介して『日本心中』で描かれた少なくとも戦後の、「8.15」以降の歪んだ風景であり、もうひとつはその下に隠れがちな、若松孝二のいう「目の前の風景」である。「少年」が見たのは、そしてこの映画を通じて私が見たのも、目の前の風景との対話を失って久しい日本の歪んだ自画像であると思った。