ボサノバの秘密

贔屓のジャズ・ピアニスト南博さんの不定期更新の日記を久しぶりに覗いてみたら、面白いことが一杯書いてあった。そのうちの一つはボサノバに関する素晴らしい批評だった。
MINA-SITE(Hiroshi Minami Information)
http://www.graphic-art.com/minami/index.html

某月某日
東京フォーラムに於いて,ジョアン・ジルベルトのコンサートを聴きにいった。あの音量で,大勢の客をテンションをキープするということは至難の技である。ボサノバという音楽は実に不思議だ。この太陽系に地球という惑星があって、今まで人類が歴史上どんな蛮行を繰り返してきても,その蛮行を大きく音楽で包み込む奥深さが,ボサノバ,強いていえばジョアン・ジルベルトの音の中に散りばめられていた。そう,極端にいいえば,いずれ太陽の膨張で消え去る運命にあるこの地球で,地球の人類が作り出した,何をも包括する音楽、それがボサノバなのではないだろうか,いわんや,超未来の人類が、太陽に地球が呑み込まれる瞬間にトリステなんか聴いているなんていうのも、不思議にマッチしてしてしまう音楽、これはボサノバ以外無いであろう。卑近のボサノバであっても,例えばイラクでの戦闘シーンに、現場の音をかき消してボサノバを流したら,逆にものすごくインパクトのある映像が撮れるのではないか。満員電車の風景にデサフィナードなど流せば,シニカルをとおりこした,何らかの残酷さとともに,どこか客観的でシラケた効果が出ることは必須である。例えば,爆弾テロがあった場所に映像とともにボサノバを流せば、人類の,意識そのものが,大きく展開するのではないだろうか。人類がちょこまかと己の利益や思惑で行ったり来たりしている。僕を含めて。だが,21世紀の映像にこそ,ボサノバは必要なサウンドであると思う。御大75才、来年は来てくれるのだろうか。

もう一つは「不健康極まりない」、「遅れてやってきた私小説家」の日記のようで、好感が持てた。

某月某日
またずっと日記を書かなかった。正月新年は深夜はピットインで演奏し,そのまま家に帰って寝たら,元日の夕暮れになっていた。年越しそばも,日本的新年のお正月の行事をすべて放棄した静かな夕暮れ。そば屋も開いていまい。元日の太陽も拝めなかった。しかしながら、いい気分である。気分はいいが,脳の気分は悪い。正月という時期を無視したという浮遊感をもってして,寝床から起き上がるも,これといってやることはない。腹が減ったが,僕は腹が減らないつもりになるのがうまいので,そのまま連続して煙草を吸ったりしていると,夜になった。初詣でも行こうかと思ったが,人ごみの中にいくのがいやでやめた。ということで何にもすることがない。実家に帰る約束をしたのが3日だから、後一日寝て過ごすことにした。池田晶子著「残酷人生論」を読んでいるとまた午前四時ぐらいになった。どこも開いてないから散歩に行く気もせず,部屋の換気を定期的にする意外なにもしなかった。さて3日の午後に,実家に新年の挨拶にいくことになっていたが,行くこと自体もめんどくさくなってきた。なんだかんだ理由をつけて3日の日も実家にいかなかった。実家にいけばそれ相応の食い物があるだろうに,親戚が集まって,おめでとうございますなんて,なんだかアホ臭くて,寝床に横になりながら,中島義道著「たまたま地上に僕は生まれた」を通読。この手の本を読んでいる方が落ち着く。悪癖はすぐ身に付くもので,一月中深夜まで本を読み,起きるのが午後4時頃と、太陽の光を見ぬ一ヶ月が過ぎていった。不健康きわまりないが,慣れるとそうでもない。なにもはつらつとして明るいばかりが人生ではない。食生活も滅茶苦茶。後でツケが回ってくるのだろうがかまやしない。今までずいぶんとツケを払わされてきたから,次はなあに、てなもんだ。なんでこんなことができるのかと言えば,これといった仕事が無いせいであって,ここまでくると,自分がピアニストなんだかなんだか,もうそんなことはどうでもよくなる。読書に飽きると,サングラスをかけ,新宿紀伊国屋書店に落語のCDを買いに行く。僕の贔屓は春風亭柳朝だが、いかんせん記録が少ない。残念なことである。もちろん古今亭志ん生桂三木助,円生、金馬などなみいる名人も僕のお気に入りで,ジャズなんてこれっぱかりも聞いていない。うまい落語家は音楽と同じに,やはりグルーブしている。面白いな。しかし2月となるとこんな生活をしているわけにはいかなくなる。さすがに、なにか起さねばと,板のようになった背中をさすりながら,仕事をとり,3月のレコーディングの準備も始めなくてはならない。ということで、最近名実共に,おそまきながら、起き上がった所である。

羨ましいくらい「健康な生活」。「ツケが回ってくる」前に、南さんの生演奏を聴きたい。

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